ある日、両替えはいつ・どこで・どのくらい?

コロナが落ち着きそうだと思ったら、今度はアメリカの銀行の経営破綻。リーマンショックほどではないそうだが、4か月以内にリセッションに陥る恐れがあるとも言われ、相変わらず景気は不安定だ。
先日母から、
「燃油サーチャージが以前よりもかなり高くなっていてびっくりしたわ!コロナやウクライナ情勢が安定しても、あなた、フランスに行けないかも知れないわね」
などと電話があり、どれどれ?と調べてみた。4月からJALもANAもサーチャージ料金を下げるらしいが、それでも、往復のチャージ料が、私がひと昔前に抽選で当たった格安イタリア旅行の代金とそう変わらなかった。前回の10年パスポートは身分証としての役割しか担わなかったため(しかも普段は運転免許証を身分証にしていたので、利用頻度ゼロ)、今回は出入国で使いたいなぁと思っているけれど、果たしてどうなるか?

燃油サーチャージが導入される前、留学やインターンでフランスに滞在していたとき、街中にある両替所の為替レートをちょくちょくチェックしていた。いくらかは日本で現地通貨に替えてきていたが、いざというときのために日本円も多少持ち込んでいたので、通りすがりにレートをチェックし、良し悪しを比較していた。収入がないので景気は気になるものの、単に生活に必要となるお金をどのタイミングで替えるか、といったこぢんまりとした興味の範囲だった。
地方都市だと両替所の数が少ないけれど、パリではあちこちに“Change”の看板がある。それに、オペラ座近くのコメルツバンクはレートが良いことで有名だったから、ちょっと多めに両替えしたいときはコメルツを利用していた。天井が高く、白を基調とした行内は美術館のようで、かっちりとしたスーツに身を包んだビジネスマンらしき人々の中に紛れるのは緊張したのだけれど。
オペラ座界隈では他にも、イタリアン大通りを入ってすぐの右手にある両替所のレートが良かったように覚えている。窓口は通りから奥に続く通路を入っていったところにあるので、日が落ちてからの利用はあまりお勧めできない。
ルーブル美術館近辺では、リヴォリ通りから1本右か左(どちらか忘れた……)に並行している通りに面した両替所のレートがまあまあ良かった。サントノレ通りか、サン・ジャック塔近くのヴィクトリア通りだと思うが、近くに公園のような緑があったように覚えているので、ヴィクトリア通りではないかと思う(サン・ジャック塔は公園内に建っているため)。路面店であるうえ、人通りの多い場所にあったから、こちらは女性の一人旅でも利用しやすい。
とはいえ、もう随分前の話なので、現在の営業状況は不明である。

当時両替所よりも利用していたのは、シティバンクのATM。日本の口座預金から現地通貨でお金を下ろせるため、大変便利だった。今はキャッシュレスが進んでいると思うので、現金を使うことは少ないのかも知れないが、私が滞在していた頃、マルシェなど露店の多くはキャッシュのみの取り扱いだった。そのため、ある程度の現金を手持ちしておかなければならなかった。
ATMは利便性が良い一方、たいてい屋外に設置されていたため、利用するときは周囲に注意する必要があった。手数料が掛かるので、レートが良さそうなときにまとめて下ろすようにしていたこともあり、数万円程度なのだが誰かに見られたら襲われるんじゃないかと考えてビクビクしていた。背後に並ぶ人も、日本のように気を遣って間隔を空けるようなことはなく接近して立つ(歩行者の邪魔にならないための配慮なのかも知れない)から、私は暗証番号などを見られないように屈みこみ、操作画面を身体で覆っていた。
警戒体勢が功を奏したかどうかは分からないが、ATM利用時にヒヤっとするようなことはほとんど起こらなかった。ただ一度、ドキドキさせられることはあった。留学中に母がパリまで訪ねてきたときのことである。郊外へ出掛けるための旅費として、早朝にATMを操作していた際、私たちの後ろにステラン・スカルスガルド似の大柄な白人男性がピタッと張り付いた。服の裾が触れるくらいの距離感。まだ人通りは少なく、幅の広い道だったから、歩行者の邪魔になることもない。
(なんでこんなにくっついて立つの?)
母と私はおしくらまんじゅうでもするようにお互いの肩を密着させ、ハリネズミのように身体を丸めて、下ろした現金をお腹の辺りで抱えていた鞄に押し込み、急いでその場を立ち去ろうとした。
「済みません」
何と、ステランが私たちの目の前に立ち塞がるではないか!ちっこい私たちは、縦にも横にもステランから逃れられそうにない。
「……はい?」
身体を寄せ合い、縮み上がる私たち。
「日本人ですか?」
「ハァ(なぜ国籍を聞かれたのか分からず、虚ろな返事をする私)」
「ああ、良かった!お金を下ろしたのでしょう?良かったら、私のお金と交換してもらえませんか?高額紙幣しか手持ちがないので、少額紙幣と換えて欲しいんです」
どうやら、ステランは自分の紙幣を細かくしたいようだ。
「いくらくらいですか?」
「多ければ多いほどいいです」
そう言って彼は、500フラン(当時のレートで1フラン15円くらい)の札束を隠そうともせず私たちに披露した。まあ、大金を見せびらかしたとしても、こんな広い通りの真ん中でステランを襲おうとする輩はそういないだろう。
危害を加えられるわけではないと分かり安堵したものの、私たちは困ってしまった。
「そんな大金は持ち合わせていなくて……。交換できるのは、1,000フラン分くらいです」
そのとき下ろした金額だと、本当はあと500フラン分くらいは交換できるけれど、私たちにとっても、高額紙幣は使い勝手が悪い!
「え?それだけ?」
「ハイ、済みません……」
「そうですか……。それじゃ、仕方がないな。ありがとう」
当てが外れた、という表情をしたステランは片手を上げて私たちに挨拶し、その場を離れて行った。
「私たちがブランド品を買い漁るために大金を下ろしたとでも思われたのかしら?」
母はやれやれといった表情で肩の力を抜き、私の腕から手を放した。
どういう理由で彼が日本人を当てにしていたのかは分からずじまいだが、日本人なら高額紙幣を交換できるだけの資金力があると思われていたのは確かなようだ。ATMでお金を下ろす際、それが高額だったとしても、小額紙幣で用意されることが多い。ステランは高額紙幣を束で持っていたことから、恐らく、両替パックなどで高額・少額の割合を指定せずに替えたのだと思われる。日本と同様に、たぶんステランの国でも、高額紙幣での買い物が普通にできるのだろう。だがフランスでは、高額紙幣はニセ札と疑われ、一部の店舗では使えないことがあるようなので(疑われていなくても、お釣りがないからと断られることもある)、両替えのときはできるだけ細かくした方がいい。私の場合は、日本の新一万円札を両替えしようとしたときニセ札と疑われたことがあったので、フランスでは自国・他国に関わらず、高額紙幣に要注意!なのである。

早く世界情勢が安定して、燃油サーチャージを大きな負担に感じることなく、海外旅行に行ける日が来て欲しい。またフランスに行ったときには、両替所の現状を確かめておこう。キャッシュレス化で地方都市並みに数が減っているかも知れないし、シティバンクが日本から撤退して海外でATMが使えないから、両替所のレートの良し悪しは、今まで以上に重要になるかも知れない。

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