ある日、声を掛けられて
昔からよく街中で声を掛けられた。ナンパの類ではない。商品の勧誘とか、アンケートとか、道を尋ねられたり占い師に引き止められたりと、大勢が行き交うなか、なぜ私?
「話し掛けやすそうだからじゃない?」
とは友人の見解で、それは悪くないことなのだと思う。しかし、気分良く終わることばかりではなかったので、声を掛けられることに敏感になっている。
勧誘などの場合は、寄って来られても見ざる聞かざるに徹すればやり過ごせるのだろうが、それはそれでちょっとした罪悪感が芽生えてしまう。そのため、一人で出歩いているときは、わき目も振らず早歩きになっている。
フランスでも、滞在期間が短い割には声を掛けられたように思う。タバコ持ってる?とか、火を貸して、と言われたときは、全く吸ったことがないのに喫煙者に見えるのかしら?と不思議に思ったが、フランスでは誰彼構わずよくあることらしい。漫画やアニメ好きな人が、日本人にあたりを付けて寄って来ることもそれなりにあるようで、実際にそれで数回声を掛けられた。
飛行機や電車・バスで、別の席と代わってと言われたときは、断り切れない自分の不甲斐なさを痛感した。飛行機では、私は窓際3列の通路側を予約していたのだが、中央席にやって来た若いフランス人女性が「膝が悪く、すぐ動けるようにしたいから代わってくれないか」と言うのでよく考えずについOKしてしまった。代わった中央席は、前席の下に支柱だか金属の板のようなものがあって足が伸ばせず、12時間のフライトがひどく窮屈なものになった。あの子はピタっとしたジーンズを履いていたし、歩き方も普通だったから、きっと膝なんか悪くないんだろうな、と苦々しく思ってしまった自分にも嫌気がさす。電車では、禁煙席を予約しその席に行ったら、フランス人男性が座っていて、犬を連れているから自分の予約した喫煙席と代わって、と言う。断っても相手が動こうとしなかったため、やむなく喫煙席へ移った。車掌さんにでも相談すれば良かったのだが、ちょっと強面のお兄さんだったので(連れていた犬も大型犬だった)、面倒を避けた。押しに負けた自分のせいなのだが、それでも、周囲が知らんぷりを決め込んでいることに腹が立ったり悲しくなったりした。バスでは、二人掛け席に一人で座っていたところ、フランス人姉妹が二人一緒に座りたいので代わって、と言ってきた。そのことは自分でも納得して代わったことだったし、のちに楽しい思い出として残ったので、よしとしている(丹藤流サイト内の独り言『ダンスはお好き?』でちらっと触れています)。
それにしてもまあ、日本人目当てではない場面で、他に大勢フランス人がいるのに、外国人の私に声を掛けてくるのはなぜ?フランス人からも話し掛けやすそうだ、と思われたのだろうか?相手が要求を通すような状況において、もし、私の言葉が拙いから押し切っちゃえばいいだろう、と思われていたのだとしたら、ずいぶんと失敬な話だ。あまりネガティブな考え方はしたくないので、話し掛けやすそうなオーラを放っているのだと思うことにしている。
そのオーラがいい方向に作用したこともある。パリ留学中、メトロの乗り換えでスーツケースに四苦八苦していたときだ。カクカクと曲がる狭い通路に、数段上り下りする階段が3か所ほどあった。通路に階段のこぶがあるような感じだ。エスカレータやスロープなどはなく、その都度スーツケースを持ち上げなくてはならない状況だった。短いとはいえ、持ち上げながら階段を上り下りするのはキツい。できればゆっくり動きたいところだが、私が立ち止まってしまうと、後ろから来ている人の進行を遮ってしまう。通路が狭いものだから、明らかに邪魔になっていた。いったん端の方に寄って道を開けよう。そう思っていたら、すらっと背の高い黒人男性が私に一言声を掛け、スーツケースに手を伸ばした。雑踏で何と言ったのかは聞こえなかったのだが、たぶん、
「手伝うよ」
とでも言ってくれたのだろう。本当なら感謝感激!となるところだが、私には気になることがあった。その男性が全く笑っていなかったのだ。せめて口角が少しでも上がっていたら、単純に喜ぶことができたと思う。しかし、笑顔なくスーツケースを持ち上げ、ずんずん先に歩いて行ってしまう男性に、私は一抹の不安を覚えた。
(強盗じゃないよね……?)
スーツの上にトレンチコートを羽織り、手にはブリーフケースという、いかにもビジネスマンという風体だったが、ここはアルセーヌ・ルパンの国である。紳士強盗って線も捨て切れない。手放しに喜べなかった私は、言葉通り、何とかスーツケースに手を掛け、男性と一緒に運ぶような形で必死に歩いた。相当、歩きにくかった。男性も同じことを感じていたのだろう、最後の階段を下りた直後、すぐさまスーツケースを放し、片手を上げて颯爽と去って行った。冷静になって思うに、私が通路をふさいでいたので、周囲の邪魔にならないよう、親切心から手伝ってくれたのだろう。それを強盗って……(ルパンの空想にふけって、正常な判断ができなかったことにしておこう)。
また、全く別の機会に、パリ・リヨン駅の通路で、ミゲル・サンドヴァル似の男性から
「運ぼうか」
と声を掛けられたのだが、何と前回の男性と同じく、ミゲルも全く笑っていなかった。
どうして真顔なの?
確かに私は立ち止まっていたけれど、壁際にいたし、ここは平坦で広い通路だから、邪魔になっていたとは思えないんですけど?!
それに、段差とかもないから、自分一人で引いて行けるので大丈夫です!
丁重にお断りしようとしたところ、ミゲルは私の返事を待たずにスーツケースを動かし始めた。このとき、ミゲルは作業服のような格好をしていたため、彼は運搬業者さんで、あとで運び賃とか要求されたりしないだろうか?という空想をしてしまった私。やはり手放しには喜べず、今回もスーツケースの一端を掴む形で歩くことにした。そして、ミゲルも暫く一緒に運んでくれたのち、颯爽と去って行ったのだった(もちろん、料金は請求されなかった)。
折角オーラがいい方向に作用したにも関わらず、空想癖(疑り深い?)のせいで素直に親切心を受け取れなかった。反省……。いろいろ考えちゃうのも困りものだよなぁ。
今日、そんな思いに浸っているのは、今週末買い物に出掛けた際、キャットフード売り場で見知らぬ女性に話し掛けられたから。
「うちの子、これを一度に4袋も食べちゃうのよ。大丈夫かしら?」
「(袋の裏を見て)成猫ちゃんだと、体重によって1日2~6袋が適量みたいですから、体重の適量範囲内であれば大丈夫かと……」
「それに、これ、アメリカ製なのよ。添加物とか心配だし」
「それなら、こちらは国産で、着色料不使用って書かれてますよ」
そんなことを言っていいのか、私?獣医でも何でもないうえに、女性の猫ちゃんの年齢とか体調とか好みとか、全然知らないよ?!
また、声を掛けられて。
いつものごとく、葛藤。