ある日、12月のウィーンにて(前編)
12月に入り、めっきり冷え込んできた。今年はホワイトクリスマスになるんじゃないだろうか。
先月くらいからアドベントカレンダーをそこここで見かけた。手に取る人を眺めながら、24日を心待ちにしながら毎日開いていくのかなぁなどと想像する。
南仏の語学学校で知り合ったオーストリア人のマーティンとは、卒業後2回ほどウィーンで再会した。1回目は、ドイツのクリスマスマーケットを回るため、ベルリンへ行く途中で寄り道したとき。2回目は、チェコやハンガリーなど中欧周遊の際に立ち寄ったときだ。
1回目の再会は、南仏の語学学校卒業から数か月後のことだった。私はパリの語学学校へ移っていて、夜行列車でウィーンへと向かった。まだ薄暗い時間帯に到着し、私は予約していたプチホテルへ直行した。部屋が空くまで受付で荷物を預かってもらい、身軽になってからマーティンへ電話する。パリでプリベイド式の携帯電話を購入していたので、旅行先で公衆電話を探したり、テレフォンカードを買う手間が省けるようになっていた。
ホテルのロビーまで迎えに来てくれたマーティンは、
「ここ、いいホテルだね。知らなかったよ」
と周囲を見回していた。自分が暮らす街のホテルにはなかなか泊まったりしないだろうし、山小屋のようにこじんまりとした佇まいだったので、在住のマーティンでも今まで気付かなかったようだ。
その日は主にシェーンブルン宮殿を案内してもらえることになっていて、私たちは話もそこそこにホテルを出発した。雪こそ降っていなかったけれど、ホテルを出てから近くの駐車場へ着くまでの間、すでに手先がかじかみ、頬の辺りがピキピキしてきた。ヨーロッパの冬の空気は乾燥していて、尖った風が皮膚を刺す。マーティンの車もひんやりとしていて、車内が暖まるまで、私の身体は小刻みに震えていた。
シェーンブルン宮殿の入口前にはクリスマスツリーが飾られ、ハニークリームイエローの外壁をバックに華やかな印象を与えていた。入口とは別に、横手から出入りする人を見かけた。どうやら、宮殿に住まう人らしい。何て素敵!私たちは一般客と同様に入口から中へ。
常設の絵画をさらさらと見渡すなか、私がたまたま鳥や果物が描かれた静物画の前で立ち止まったところ、マーティンがクスっと笑った。
「シホは死んだ鳥の絵が好きなの?」
いや、別にこの絵は好きじゃないけど。
このときはそう言って返したのだが、何と、私は他にも鳥が描かれた静物画(か、人物画の背後に描かれていた鳥だったと思う)の前でなぜか立ち止まってしまったのだ。
「やっぱり、シホは死んだ鳥の絵が好きなんだね」
いや、ホントにこれは偶然で~!
そんな掛け合いをしていたものだから、他にどんな絵画を見たのかすっかり記憶から飛んでしまった。
その後、マーティンは用事があるのでいったん中抜け。夕方からクリスマスマーケットを案内してくれるというので、市庁舎前で待ち合わせすることになった。
私はその間、ホーフブルク王宮の博物館や国立図書館、美術史美術館など絵画や建築を見て回った。図書館も美術館もうっとりする造形美。国立図書館も、美術館併設のカフェも、“世界一美しい”と称されるだけあって、上を見上げてはあんぐり、下を見下ろしては嘆息、といった感じだった。美術史美術館の絵画で一番のお目当てはブリューゲルの『バベルの塔』だったので、二次元でも三次元でも建築を堪能することができた。
夕方、市庁舎近くのインターネットカフェでメールなどをチェックしながらマーティンとの待ち合わせ時間までを過ごす。すでに辺りは暗くなり、市庁舎には灯りがともっていた。クリスマス・ギャラリーで写真を展開しているように、窓がアドベントカレンダーになっていて、24日まで毎日1扉ずつ開かれるようになっている(ギャラリーの写真では見えなかったので、まだ明るいうちに撮影した写真を今回掲載しました)。
マーティンとまた合流した頃には、市庁舎前のマーケットに大勢の人が集まっていた。昼間よりも寒さが増し、いくつもあるグリューワインの店先には、分厚い陶器のカップに注がれた湯気の立ち上るワインで暖をとる人垣ができていた。私はいくつかのお店でこまごまとしたものを購入し、折角なのでグリューワインもいただくことにした。いつもはホットドリンクを飲まないマーティンもこのワインだけは別らしく、
「この時期はいつも飲んでるよ」
と嬉しそうに手を伸ばしていた。日本のホットワインより甘味が控え目で、香辛料も香りづけといった感じでクセがなく、飲みやすい。陶器のカップはお土産として持ち帰ることもできたのだが、このあとドイツへ向かう私はできるだけ手荷物を増やしたくなかったため、お店へ返却。その分、返金してくれるので良心的!
さて、私はこのあとマーティンから、ご両親のお宅での夕食に招かれた。
マーティンには今回のお礼として、パリからワインを持参していたのだが、ご両親への手土産に変更(急だったし、マーティンも飲むことになるだろうから許して!)。
そのときの様子は、また次回。