ある日、フランスの鍵・かぎ・カギ

家にいるときも鍵を掛けるようになったのはいつ頃からだろう。
私が幼い時分は、近所の友達が
「あそぼ~!」
と言ってベルも鳴らさず玄関を開け、上がり込んだりしていたものだ。お隣さんの宅配物を預かったり、こちら宛のものも預かってもらったりして、それなりの交流があり、顔や名前を知らないなんてことはなかった。アヤシイ人物が紛れ込みにくい環境であり、だからこそ自宅にいるときに鍵を掛ける必要性を感じなかったのだろう。
それがいつの頃からか在宅時も鍵を掛けるようになり、鍵穴が2か所設けられ、ディスクシリンダー錠からディンプルキーへと変遷した。隣人とのやり取りも少なくなり、適度な距離を推し測るようになった。
日本で初めて独り暮らしを始めた際、いわゆる“つまらないもの”を携えて両隣へご挨拶に伺った(階下は駐輪場だったので挨拶なし)。あいにく、どちらもご不在だったため、メモを付けてドアノブに掛けさせてもらった。後日、モノはなくなっていたが、住民と顔を合わせる機会がなく、居住していた4年間、どんな人たちが住んでいたのか分からずじまいだった。また、在宅中にも関わらず、大家さんが連絡もなく鍵を開けて入って来ようとしたことがあった。幸い、ドアガードをしていたので中に入られることはなかったし、「非常ベルが鳴っているので様子を見に来た」という言い分もあったようなので(実際、どのお宅かは分からないがベルが鳴り響いていた)、その場はやり過ごした。でもそれ以来、「不在中に入られたりすることがあるのか?!」というモヤモヤした気分が払拭できず、そのマンションは引っ越すことにした。

この一件より更に前、フランス行きを考え始めるようになった頃、現地では日本より鍵が複雑だ、と聞いたことがあった。何かのテレビ番組で、フランスのドア事情を放映したことがあり、鍵穴が多かったり、開閉の手順が面倒だったりする様子が取り上げられていた。私が見たお宅の鍵は、手順を誤ると最初からやり直さなくてはならない仕組みだったようで、家主でさえ、
「急いでいるのに!」
などと少しキレ気味になっていた。それなら、もう少し簡易的にしてもいいのでは?どの家庭もこんな感じなの?という疑問を残したまま、私は渡仏することになった。だからホームステイ先で鍵を受け取ったとき、日本の鍵と変わらない形状だったので、ちょっと拍子抜けしてしまった。
あれはTV番組だから、極端な例を挙げていたんだな。日々のことなのだから、全てのご家庭があれほど手間の掛かる仕組みにしているわけはなかろう。そんな風に思い直したのだった。

ああ、それなのに!
侮ってはいけなかった、フランスの鍵。
最初のホームステイ先は例外で、独り暮らしのときも別のホームステイ先でも、私はクレ(フランス語で鍵)との相性があまりよろしくなかった。開閉方法が日本とは異なるのはもちろん、おそらくウォード錠という名称のアンティークな鍵を未だに使用していたり(開錠にコツがいる!)、門扉・玄関・部屋そして部屋の内ドアにまでそれぞれ異なる鍵がついていたり(何て面倒な!!)と、なかなか開かない状況に焦るやら苛立つやら。最後まで開けられなかったこともあった(エッセイ本『ある日、フランスでクワドヌフ?』でも触れています)。
日本より空き巣被害が多いとはいえ、煩雑過ぎやしませんか?
隣家の猫ちゃんがベランダをつたって部屋に入ってきたときなど、
「君は鍵の心配がなくていいねぇ」
などと溜息が出たものだ。
インターンでの滞在期間中は、もう、鍵だらけ。ステイ先・学校・ニコの家のまで渡されていたから、全て分けておかないとどれがどれだか分からなくなった。
ステイ先のRDP家は門扉が暗証番号で開く電子タイプだったのでこちらに鍵はなし。家の鍵はお札よりも長くて重いウォード錠だったから、別の意味で他と分けて持ち歩いていた。この鍵以外には、車庫とポストの鍵を受け取っていた。車庫が家に通じていたら、私が中に入れないという事態を回避できたと思うのだが、そうやすやすと侵入できないような造りはさすが、としか言いようがない(温室の窓から侵入を試みて実感した!)。
学校では、自転車通勤の場合、車用門扉から出入りしないといけなかった。歩行者用門扉でも通れるのに~!急いでいるときなどは歩行者用を通りたかったのだが、門番が断固として通してくれなかった(そういうところは、日本より融通利かないよね……)。車用は開くのがゆっくりなうえ、電子キー(センサーで作動するタイプ)の反応が悪く、たびたび扉付近の開閉ボタンを利用しなければならなかった。私は自転車だからそんなに手間ではないけれど、車利用の人は降車しないとダメだから、門扉の前で悪態をついている教員をしょっちゅう見かけた。車から降りるのを面倒がり、
「ボタンを押して!」
と叫んでいる教員の近くを、たまたま通りかかった別の教員や生徒がボタンを押してあげることもあれば、まったく……といった体で門番が待機部屋から出てきて対応することもあった。私はそんな教員たちと並んで、自転車が通れる幅が開くまでじりじりと待つ日々を送った。この車用門扉の電子キーと、PC部屋のカードキーはそれぞれ個別に分けて持ち、それ以外の学校関連の鍵(教室・教室のロッカー・教員部屋・教員部屋にある私のポスト・自転車の施錠用)はひとまとめにした。
ニコの家は、マンションのドア(小さいけれど、こちらもRDP家と同じくウォード錠だった)・部屋・ポストだけなので分かりやすい。
これらを合わせると、私はインターン期間中、一番多い時は13種類(ステイ先の門扉の暗証番号を含めると14種類)の鍵を使用していたことになる。閉ざす数は多いけれど、日本での独り暮らしよりも、フランスで独りだったときの方が周囲との繋がりを感じられたのはなぜだろう?

フランス人は個人主義だと言われているが、良くも悪くも、自分の周囲の人への関心はそれなりにあったように思われる。学校でほとんど会わず会話せずだった教員でも私の名前を知っていたし、街中でも見知らぬ人がすれ違いざまに挨拶をしてくれたりした。噂がすぐ広まったりするのも、関心がなければ起こらないことだろう。もちろん、全く我関せずの人もいたが、持ち家でもマンション暮らしでも、隣人の顔や名前を知らないなんてことは少ないのではないだろうか。ワタクシ、今回の住まいでも隣人の顔や名前がよく分かりません……。
最近ではモノを持ち歩かない人が増え、電子化や生体認証が進んでいるから、フランスでも複数の鍵や鍵穴・煩雑な手順は必要なくなってくるだろう。防犯への不安がなくなると、近所への関心や声掛けなどがなくなったりするだろうか?あまり関連はないかな?いずれにしても、閉ざすのはモノであって、心は開いていたいと思う。

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