猫話~連れ帰った子猫~

2000年から2001年にかけ、フランスの私立語学学校に3校ほど通った。大学付属の語学学校であれば、同じ場所に長く居られた。でもそうしなかったのは、できる限り効率的にフランス語を習得したいと思ったからだ。コストは抑えられるけれど、大学の休みに合わせて途切れ途切れで授業を受けるより、継続して学べる方がいいと考えたのだ。

1校目の学校がある街は、ニースにほど近く、ステュディオのベランダから海が見えた。狭いながらもテーブルと椅子が置かれていて、陽光眩しい海を眺めながら食事を摂ったり、20時を過ぎても明るい空を見上げながらワイングラスを傾けたりと、一人悦に入っていた。このベランダをつたって、お隣で飼っているニャンコが遊びに来てくれたりもしていた。学校のカリキュラムもステュディオも、人懐っこい隣家の猫も気に入っていたから、できれば長く居たかったのだが、コストがかさみすぎる。この街での1か月の滞在費用は、大学付属の語学学校の半年分に相当した。滞在期間は短くなるし引っ越しの手間も掛かるけれど、いろいろな街でさまざまな出会いがあるだろう。2校目の街ではホームステイをすることになっていて、家族はマダム1人に、ジプシーという猫1匹と聞いていた。

日本の実家でも猫を飼っているから、ステイ先に猫がいるのは嬉しかった。1997年、初めてのホームステイ先にもバブーという猫がいた。そのお宅も今回のお宅も、外国人を何人も受け入れていたようなので、猫たちも人慣れしていたとは思う。でもニャンコからしてみたら、今まで嗅いだことのない匂いを振りまく人間が、自分の縄張りに入れ替わり立ち代わりやって来る状況は落ち着かないだろう。バブーもジプシーも、「許容はするが馴れ合うつもりはない」といった感じで、積極的に近寄ってきてはくれなかった。
そういった状況に加え、バブーとの関係において、私は夜中に帰宅した際、ドアをすり抜け飛び出して行った彼女を朝まで外に締め出すという失態を犯していた。
「私にこんなひどいことをするなんて!」
とバブーが思ったかどうかは定かでないが、彼女との距離がさらに広がったように感じたものだ。
ジプシーとの関係においても、私は彼女との距離を狭められなかった。ジプシーはマダムの出勤に合わせ外へ出て、マダムが帰宅する頃に戻って来るような状態だったから、登下校の時間がマダムより遅い私は、ジプシーと触れ合える時間が少なかったのだ。彼女が私の部屋へ入ってくることもほとんどなかったから、私としてはちょっと物足りないというか、一抹の寂しさのようなものを感じていた。

実家の猫たちはどうしているかなぁなどと考えながら学校帰りに街を歩いていたら、あるお店のショーウィンドウで、我が家の長男猫と似ている猫の置物を2体発見した。うちの長男はハチワレで、髭や眉毛、手足のソックス部分以外は鼻も含めて黒い。一方、置物の猫ちゃんはところどころが白い。鼻はピンクで髭は黒(髭に関しては、彩色の関係かも)。左側の子は体長20㎝弱ほどで、右側の子は30㎝ほど、しなやかな身体を寄せ合うように並んでいた。
身体にプルメリアと思われる花(にしては、花弁が尖り過ぎている?)が描かれている。バリ島土産として、友人の家に飾られていた釣りをする猫の置物にも、この花が描かれていたような気がする。だが、バリのニャンとこのニャンたちとの違いは、何と言っても顔立ちだろう。バリのニャンはユーモラスな顔立ちで、のんびり気ままな印象を受けた。このニャンたちは、切れ長の目にターコイズグリーンのシャドウを差し、穏やかな微笑みをたたえ、上品な印象だ。招き猫効果ですっかり吸い寄せられた私は、お店へ入ってみることにした。
そのお店は文房具や小物を扱っているようで、1枚売りの紙や封筒、万年筆、ペーパーナイフ、写真立てなどがあった。私は男性店主に頼んで、ニャンたちを見せてもらうことにした。木製で、手に取ってみたところ、予想以上に軽くて驚いた。日本のこけしとか熊の置物はどうしてあんなに重いのだろう?そりゃ、サスペンスドラマで凶器にもなりますわ。このニャンたちは、大きい子の方でもバゲット1本くらいの重量だった(ま、固くなったバゲットだと重いから、凶器になったドラマもあったような?)。これなら帰国の際、スーツケースの重量規定オーバーを気にするほどの荷物になることはなさそうだ。その日は検討しますと伝え、購入をじっくり考えることにした。
すぐに買い求めなかったのには理由がある。最初にショーウィンドウでこのニャンたちを見かけたとき、私は小さい子だけ連れて帰るつもりだった。でも、寄り添っている姿をずっと眺めていたら、このニャンたちが親子か恋人のように思えてきて、どちらかを連れて帰ってしまうのが残酷な気がしてきたのだ。しかも、手に取ってしまったら余計に情が湧いてしまった。これって、ペットショップで動物を抱いてしまったときと同じような状況?!とはいえ、『耳をすませば』のように、また渡仏するときまで誰かに大きい子を預かってもらうわけにもいかないし……。
街を離れるギリギリまで、私は悩みに悩んだ。たぶん、今だったら両方の子を連れて帰ってきただろう。でもそのときの私は、小さい子だけをもらい受け、大きい子と引き離してしまった。我が家で相変わらず上品に、でもどこか寂し気に首をかしげるちびニャンを見るたび、私が異国で感じた不安や寂しさをこの子も感じているのだろうか、と申し訳なく思ったりする。

その後2004年から2005年にインターンで滞在したときも、たびたび猫とご縁があった。マリーやラシェルが飼っていた猫たちは、今までのニャンコたちと違ってフレンドリーだったから、かつて感じたような物足りなさや寂しさはなかった。
そんなとき、街中のマルシェで出会ったのが、またしてもハチワレ猫。尻尾が白く、鼻と肉球がピンクなところがうちの長男とは違う。パソコン操作の際、ハンズレストとして使われる布製雑貨と同じくらいの大きさだ。私は汚れないよう、袋に入ったまま飾っている。この子は好奇心旺盛な目をしていたし、単体で売られていたから、罪悪感を感じることなく「うちの子になろうね」と連れて帰ることにした。

日本に連れ帰った子猫たち。寂しい思いをさせているかもしれない子に、新しいことにも興味を示してくれそうな子。フランス滞在期間中に自分が感じていた気持ちを改めて思い出す。この子たちが我が家に来て良かったと思ってくれていたらいいのだが。

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