ある日、心頭滅却すれば陽射しもまた涼し~アルルにて~
7月の第1日曜日は、アルルで衣装祭りが行われる。この時期の南仏で晴天ともなると、陽射しが毛穴からも入り込んでくるんじゃないかと思うほど、刺すように肌を焼く。袖が無くても汗がじんわりと吹き出てくるなか、暑くて重そうな民族衣装を着るなんて大変、と私までクラクラしてくる。しかも、街中をパレードしたり古代劇場に集まってお披露目したりと、日陰がないところに長時間いて大丈夫?!と(余計な)心配までしてしまう。
私がインターンで滞在していた2005年は、3年に1度、アルルの女王が選出される年だった。炎天下でじっとしていることを考えると気力まで溶けてしまいそうだったが、女王様を筆頭に、各家庭伝統の衣装を纏った美女たちのお姿を一目見てみたいという気持ちが勝った。
当日はまさにピーカン。南仏の天候には慣れてきていたけれど、私、普段から帽子も日傘も使わないからなぁ。扇子は入れた。お水、もっと持っていこうかしら?
日常生活だけで夏休みの小学生並みにこんがりした自分の肌に、丁寧に日焼け止めを塗り込む。無駄な努力と言うなかれ。あれから17年、自分の肌を見るにつけ、この程度で済んで良かったと思えるくらいには報われている。
とはいえ、アルルに到着したときには、その日焼け止めがすっかり流れ落ちちゃったんじゃないかというほど、ダラダラと汗をかいていた私。こんな中、アルルの皆さんは衣装を着るんですか?
私の心配をよそに、街中を行進している民族衣装の方々は凛とした表情を浮かべている。パレードの参加者は老若男女、赤ちゃんまでいた(抱っこされて寝ていましたが)。
さすがに直射日光を受けるのは熱中症だけでなく美容の観点からもよろしくないためだろう、大抵の女性は白いレースの日傘を差し、ときどき帽子の方も見かけた。それにしたって、みんなほぼ長袖。口に出さないまでも「暑い~」と顔に出ている人がいても良さそうなものだが、そんな人は誰一人いなかった。
「暑さを感じるかって?全然!」
とでも言われてしまいそうだ。“心頭滅却すれば陽射しもまた涼し”といったところでしょうか。長く続く伝統行事に参加しているという誇りが見て取れた。
衣装の色や生地・柄もそれぞれで目移りしてしまうが、特に目を奪われるのは、女性のレースのショールだろう。家庭ごとに模様に特徴があると聞いた気がする。注意深く見てみると、確かに1つとして同じものはない。腰に向かって三角に羽織られているものがほとんどだったが、丸い形をしたものもあった。
また、後ろ姿をずっと見ていて、気付いたことがある。アルルの民族衣装でも、着物でいうところの衣紋の抜き加減が大切なのではないかということだ。詰まっていると肩が丸まって見えるし、抜き過ぎているとダラっとして見える。『ある日、背中にも責任を』でも書いているが、背中で語られる人となり。大勢が通り過ぎるなか、とりわけ後ろ姿が美しい女性を発見!気品ある佇まい!!どこかの公爵夫人です、と紹介されたとしても驚かないわ。
パレードでは、胴が長いプロヴァンス太鼓の演奏や、カマルグの白い馬にまたがったガルディアンも見られる。私が見かけたガルディアンはみな少年で、上手に馬を操っていた。かつてうまく乗りこなせなかった手前、少年たちの手綱さばきにしばし見入る。前のめりでガッツリ見つめていたものだから、少年の一人に笑われてしまった(恥)。
古代劇場では、舞台上に衣装を着た方々が勢ぞろい。これだけ集まると見ごたえがある。午後の照り付ける太陽の下、観衆は客席でじっと舞台を見物しているのだから、1人くらい倒れる人がいそうなものだけれど、そういった騒ぎは起こらなかった。全身純白の衣装に身を包んだ女王が登場した際には、みんな良く見ようと腰を浮かせたりしていた。でも、ちょっと遠いかな。顔とか全く分からなかった。
お祭りが幕を閉じると、街中のカフェには観光客が溢れ返る。衣装を着たアルルの人たちも混じって、いつもは古めかしく静かな街が一気に華やかになり、活気がみなぎっている。
運よく、私が入ったカフェ近くを女王が通り掛かった。皆が写真を要求し、笑顔で応じていた彼女。少し疲れた表情をしていたので、申し訳ないと思いつつ、私も一緒に撮影をお願いする。ブルーアイの美人。かなり背が高い。口調や振る舞いからするに、疲れていただけでなく、シャイなのかも。写真のお礼を伝えると、柔らかく微笑んでゆっくりと立ち去って行った。
予定通りであるならば、本日7月3日に、アルルの衣装祭りが開催される。聞くところによると、フランスでも少し前まで気温が高かったようだが、今は例年並みになっているという。きっとアルルの方々は、涼し気な顔をしてパレードに臨むことだろう。
日本は6月からやたらと暑い日が続いている。コロナでずっと中止だったお祭りや催しを、今年は開催しようという動きが各地で見られる。感染対策しながら暑さにも気を配るのは主催側も大変だろうな、とまた要らぬ心配をしてしまう。でも、伝統を絶やさないということが、その土地の人々にとって何よりも大切だったりすることもある。
アルルだけでなく日本でも、心頭滅却すれば……の心持ちの方々が祭りを盛り上げていくことだろう。
暑さに負けるな!