ある日、日本へようこそ!~短期留学の生徒たち~
インターンを終了し、帰国してから数か月経った頃だっただろうか。フランスからの短期留学生の引率補助を頼まれた。30名ほどの高校生に東京を案内して欲しいと言うのだ。といっても、全員を一人で引き受けるわけではない。生徒は3班に分けられ、各班に1~2名の教員が付き添うので、それぞれの班に私のような日本人ヘルプが呼ばれていた。
教員とも生徒とも初対面なので、話しやすい人たちだったらいいなぁなどと思いながら渋谷に向かった。待ち合わせ場所は109前。この界隈だと外国人も街に馴染んでいるが、さすがに大勢では目立つ。集団の中にいた教員らしき男性に話し掛け、さて、生徒は……と見渡してみる。30名の割には少なくない?と感じた通り、集合時間までは自由にその辺をブラブラしているとのことだった。ヘルプの日本人は、20代くらいの女性と、私と同年代くらいの女性だった。私は2人と簡単な挨拶を済ませ、生徒が来るのを待った。
「受け持ちの班の生徒が集まったら出発します」
教員の話からすると、今日はどうやら班別行動になるらしい。最初に20代女性の班が出発し、続いて同年代女性の班がその場を離れた。
(う~む。なかなか来ないぞ?)
他の2班はとっくにどこかへ行ってしまったというのに、私の班はまだ動きが取れない。男子生徒2名が来ていないらしく、この班担当の男性教員が携帯で呼び出していた。どこの国でもヤンチャな生徒はいるものだ。しかも外国なのだから、道に迷ったりもするだろう。
暫くして、2名が慌てる様子もなく私たちに合流した。
「日本の携帯を見てた」
キャップにスカジャン姿の1人が、教員に遅刻の理由を説明した。もう1人は、ゆったりとしたパーカー姿の長身。確かどちらかの耳(左だったような?)にピアスをしていた。ポケットに手を突っ込み、黙って佇んでいる。私はこの街のことをあまり知らないけれど、2人が「いつもセンター街にいます」と言ったら普通に納得したと思う。それくらい、彼らは堂々と落ち着き払って、いっときの観光客には見えなかった。
「どこかで食事したいんだけど、日本的なお店はある?」
教員からそう尋ねられ、私は頭を悩ませてしまった。
(居酒屋やラーメン屋は多いんですけど……)
ちょっと違うよね?
2006年当時、ガラケーでの店舗検索でヒットしたのも居酒屋ばかりで、私は下調べが足りなかったことを悔やんでいた。生徒が退屈し、好き好きに行動しようとし始めていた。そろそろ動かなくては、と段々焦ってきた私は、移動しながら適当なお店を探すことにした。詳しくない人間が大勢を引き連れて歩き回るのも申し訳ないので、できれば近場でどこか見つけたかった。幸い、109から少し離れたビルの2階か3階にお蕎麦屋さんがあり、生徒が
「これは日本のヌードル?」
と聞いてきたこともあり、じゃあ、入ってみる?ということになった。そのとき、先に出発していた同年代女性の班が後ろからやってきて、彼らも一緒に食事することになった。どうやら彼女も、店選びに苦戦していたようだ。
蕎麦屋の女将さんは、今までこの人数の外国人を一気に受け入れたことがなかったようで、
「言葉は分かるの?うちには外国語のメニューとかないけど」
と慌てていた。こちらで説明するから大丈夫と伝え、メニューをもらう。提供されたお冷とおしぼりに、
「日本のサービスはいい!」
と生徒たちが喜んでいたので、女将さんにもそのまま伝えたところ、気を良くしてくれたようだった。
「日本のお酒を頼みたいんだけど」
他の班と合流したことで教員が3名となり、大人は飲む気満々。
(引率なのに生徒の前で昼間から飲むの?)
だがどっこい、
「彼らはもう飲酒OKの年齢だから、彼らも飲むよ」
と平然としたものだった。まあ、それならいいのか?と、メニューにあった焼酎と日本酒の種類を説明する。サケがいい、サケって日本酒だろ?みたいな感じでみんなあまり聞いていなかったけど。
で、決まったのが
「じゃあ、この日本酒3種類を瓶で」
って、3升ですか?昼間に飲む量じゃないと思うよ??それにこれから観光するんだよね???
本当に頼むのか何度も確認したのだが、大丈夫大丈夫~と軽~い口調で流されてしまい、仕方なく女将さんに注文を入れる。
「えっ、ホントに?」
ですよね~。
女将さんは
「まあ、飲めなかったら持ち帰っていいよ」
と言ってくれたので(でも彼らの荷物は小さなボディバックくらいなので、持ち帰るとなると一升瓶を抱えて歩くことになりそう)、彼らの注文内容はもう気にしないことにした。
教員の前に品評会のごとく一升瓶が並ぶ。気前のいい女将さんが、
「遠くから来たんだから、はい、これ」
と全員に枡を配ってくれた。教員・生徒それぞれに量を加減しながらお酒を注ぐ。
「どうやって飲むの?」
本当は角はダメだって聞いたけど、縁で飲むのは日本人でも難しいからなぁ。私、豪快にこぼしたことあるし。それに、外国人なんだから許されるだろう!
一応、飲み方の説明をした上で、みんな角からお酒をすする。さすが外国人、音立ててない!
実はお蕎麦屋さんにしたことをちょっと申し訳なく思っていたのだ。だって、みんな蕎麦をすすらないで嚙み切って食べていたんだもの。美味しそうな食べ方に見えないし、実際に美味しくないと思ってたんじゃないだろうか?と心配だったのだ。お酒は上手に飲んでいる。あとは好みの問題だ。
だが、生徒は少し口を付けただけで残していた(まあ、まだ飲酒年齢成り立てだろうから、いきなりガンガン飲まれてもね)。教員は?というと、ちょっと複雑な顔をしている。サケってこんなもの?みたいな。女将さんも様子を気にしていたようで、
「これはね、木の香りがね……」
などと立ち上る香りを嗅ぐ仕草をして勧めていたのだが、教員は塩反応だった。
店を後にする際、教員はお酒を持ち帰らなかった。多分、どれもあまり飲んでいない。女将さんは枡も記念に持ち帰っていいと言ってくれたのだが、置いていこうとした生徒もいて、私はちょっと肩身が狭かった。もっとうまく橋渡しできていれば良かった。お蕎麦や日本酒が好みではなかったかも知れないが、女将さんは心を砕いて対応してくれた。教員や生徒にも、何か感じ入るものがあればいいのだが。
その後、代々木公園に出てよさこい祭りを見学した。生徒たちは「迫力がある!」とか「衣装がステキ!」「あの音は何?(鳴子のこと)」と興味を持ってくれたようだった。リズムに合わせて身体を動かす生徒や、
「日本のダンスはまとまりがあって美しい」
と一心不乱に写真を撮る生徒の明るい表情に少しホッとする。
少し休憩することになったとき、最初の集合に遅れたキャップにスカジャンの生徒が
「日本の携帯を買いたいんだけど、どこに行けばいい?」
と聞いてきた。プリベイド式のものを想像した私は、
(コンビニにあるはずだよねぇ)
と、近くのコンビニに寄ったところ、数種類が販売されていた。だが彼は「これじゃない」と首を縦に振らない。よくよく聞いてみると、プリベイド式ではなく、日本のキャリアから販売されている機器にフランスのSIMを入れて使いたいということだった。SIMの入れ替えで他国の携帯が使えるのかどうかとかはよく分からないけど、プリベイドじゃない場合、契約手続きとか月々の支払とか、すぐに帰国する外国人には向かないのでは?それに、フランスに戻ったら通話とかも海外料金で割高になるだろうし……。
勝手が違うと思うよ、と日本事情を説明したところ、なんだ、できないの?と気落ちしたようだった。その様子からすると、渋谷でも集合に遅れるくらい、色々探し回っていたのかも知れない。
夕方、ディナー会場であるホテル(宿泊していたのかも)まで引率し、1日が終わった。なぜか、ホテルの場所が思い出せない。池袋だったような、東京タワー近くだったような?円形のロビーから高層階に上るエレベータがあり、見晴らしの良いところで食事すると言っていたような気がする。ロビーは青っぽくて、星空とかアクアリウムのような印象を受けた覚えがあるのだけど。
ホテルに着いた後は、教員や生徒とお別れをする間もなく、みんなそれぞれに散って行った。良い思い出になってくれたらいいのだけれど。私はインターンで過ごした高校に思いを馳せるとともに、次回引き受けるときには、もっときちんとしたおもてなしができるようにしようと一人心に決めたのだった(残念ながら、それ以来引率の話は回ってきていない)。