ある日、お城へのご招待~パーティーを楽しもう!~

結婚披露パーティーまであと1時間。部屋に戻り、和装一式を取り出す。インターン期間中に着るのは3回目だ。1回目は、近所の教会で式を挙げるカップルがいるから行きましょう、とホームステイ先の家族と一緒に参列したとき。姿見がなかったので指の長さでたれを決め、感覚でお太鼓の形を整えた。よし、これでいいだろうと出向いた教会で、見ず知らずの新郎新婦やその家族・親族・知人に交じり、1時間ほどを過ごした。やがて新郎新婦が見送られながら中央の通路を歩いて来るので、私も通路側に歩み寄ろうとしたときだ。トスっという音とともに背中の圧迫感が消え、私は後ろを振り返った。
(お太鼓が落ちてる!)
ダラ~ンと腰から垂れ下がる帯を慌ててたくし上げ、袂に入れていた紐であわあわと結び直す。身繕いが終わって顔を上げたとき、新郎新婦はすでに立ち去り、外で祝福を受けていた。
(新郎新婦の顔、ちゃんと見られなかった……)
海外で初めて結婚式に参列したその日は、フランスでの和装デビュー日でもあったのだが、私の中で”背中との格闘”という記憶に終わってしまった。
2回目はインターン高校でお茶会を開いたとき。その際は着崩れもなく、会もまあまあ成功し、取材を受け新聞にも取り上げていただいた。それなのに、私の名前を間違って掲載されてしまったため、こちらもあまりぱっとしない思い出となってしまった。
そして今回。前の2回よりも長丁場。3度目の正直で、最後までいい思い出にしたい。私は時間が経っても疲れたり見苦しくなったりしないよう、補正から神経を集中させていた。
(凹凸はない、と。おはしょりが多いけど仕方ないか。衿、抜き過ぎてないよね?)
そしてお太鼓。落ちないよう、内側を丁寧に折り込み、仮紐を結ぶ。手先を入れ、内に折り込んだ帯と手先の両方が帯締めで止まっていることを指先で確認。以前はこの折り込んだ部分がきちんと止まっていなかったために落ちてしまった(と思われる)。仮紐を抜き、その場で軽くぴょんぴょんと飛び跳ねてみる。大丈夫、ずれてない。これならきっと持つだろう。

階下に下り庭に出ると、先ほどご紹介していただいた親族の皆さんが正装し、談笑していた。アンヌ・マリーはベージュのロングタイトスカートに、ヒョウ柄と白い花があしらわれ胸元がざっくり開いた生成り色の七分袖トップスを合わせている。旦那さんはアンヌ・マリーより淡いベージュのスーツに黒シャツを合わせ、スーツと同系色のネクタイをしていた。お城の入口に集まっていた3歳~5歳くらいの白いドレスの女の子たちが私に目を止め、じっと凝視してきた。きっと、着物を初めて見たのだろう。彼女たちは顔を近づけ何やらヒソヒソと話していたが、一番年長と思われる少女が物問いたげに近寄ってきて、身体を左右に揺らしながら「触っていい?」と尋ねてきた。私が「どうぞ」と言うと、少女が他の子たちに手招きし、集まってきた白ドレスの女の子たちで私の周りは綿毛で覆われたかのようになった。彼女たちはこれが何という服なのか・どこのものなのかという質問をしながら、生まれたての小動物を撫でるときのようにそっと優しく私の着物に触れた。ひとしきり話をしたのち、彼女たちは満足したのであろう、風にのって綿毛が飛んでいくように一人・二人とお城の入口へ舞い戻って行った。
「おちびさんたちに解放されたわね。さあ、新郎新婦に紹介するわ」
アンヌ・マリーが私の手を取り、庭からリビングへ案内してくれた。どうやら、リビングが新郎新婦の控室となっているようで、カップルの親族・知人と思われる人が30人ほど集まっていた。アンヌ・マリーは言葉を交わした人たちに私を紹介してくれたのだが、昨日から初めまして、よろしく、を繰り返してきたため、残念ながら新郎新婦関係の皆さんのお名前はまったく覚えられず。新郎は顎が張ってないトム・クルーズといった感じのイケメンで、新婦は色気と口の大きさがやや控え目なペネロペ・クルスという雰囲気の美女。新郎は落ち着きがあり穏やかな好青年だし、新婦は明るくて気さくな人柄で好感が持てる。まだ会ったばかりだけど、とってもお似合い。二人にお祝いを伝えたところ、新婦から
「どうもありがとう。今日は楽しんでね」
と返ってきた。

庭のそこここに花やリボン・風船が飾り付けられ、ピカピカに磨かれたグラスや見栄え良く置かれた紙ナプキンが気分を高めてくれる。『J』を逆さにしたような形で並んだ2列のテーブルには白とシャンパンベージュのクロスが掛けられており、花籠やアイビーがムードを盛り上げている。音響機器も用意されているから、みんな踊ったりするのだろう。椅子の数を見る限り、60~70人ほどが参加するようだ。


「おお、やっぱりこういうときはキモノなんだ!」
スーツ姿のギヨームが背後から声を掛けてきた。短い付き合いではあるが、おそらく彼はPP(パリピ)寄りの性格だと思われる。まだ何も始まっていないのにすごく楽しそうだ。一方、ダミアンは私服姿。
「着替えないの?」
と尋ねたところ、
「ジェローム(ダミアンとギヨームのお姉さんであるカトリーヌの旦那さん)が出るから同席はしないよ。あの人が嫌いなんだ」
とキッパリ。
「今まで姉弟仲が良かったけど、結婚してからカトリーヌは変わってしまった。ジョセフは可愛いけど、彼ら家族と会って雰囲気が悪くなるのは嫌だから、中にいる」
と引っ込んでしまった。
アンヌ・マリーの姪や甥である子どもたちも着替えて小ざっぱりしている。ヴァレリーはチャイナドレス、ルイはツイードのスーツ、オリヴィエとレオは黒スーツのジャケットを脱いで白シャツ姿だった。
「わぁ~、キモノだね!漫画で見たことあるよ!」
オリヴィエは私の周りをくるりと回り、三次元での着物の状態を確かめている。彼は漫画の世界に触れられる物事に関して好奇心が活発になるようだ。
しばし閑談していると、シャンパンが提供された。いよいよパーティーが始まるようだ。
「席に着きましょ」
ヴァレリーが蛍光の点滅ほどのか細い声で私に促した。いつの間にか、テーブルには大勢の参加者が着席していた。私はヴァレリーと端っこの方の席へ座り、いそいそと音響の支度をしている人の様子を見守った。
キーンという音で場が一瞬ざわつくという音響接続時のお約束があったのち、新郎新婦登場のアナウンスが流れ、美男美女カップルが姿を現す。みんな一斉に拍手。二人は幸せそうな笑顔を周囲に向け、お礼を言いながら正面の席に着いた。お城をバックにしたその席に座ると、彼らが本物の姫と王子のような気さえしてくる。
堅苦しい挨拶のようなものはなく、和やかな雰囲気の中、ケータリングの食事が運び込まれる。一度に多くの料理が並ぶのではなく、コース料理のように次々と出てくるスタイルのようだ。飲み物はシャンパンや赤白ワインにリキュール類など複数のアルコールと、ジュースやお水などソフトドリンクが何種類か用意されていた。
私はヴァレリーと高校の話をしたり、日本とフランスの結婚式の違いなどについて話をしながら、食事やワインをお供にその場の雰囲気を味わった。参加者も、日本のように新郎新婦の周りに集まって写真を撮ったりする様子はなく、席で思い思いにパーティーを楽しんでいるようだった。
周囲が薄暗くなり、テーブルに蠟燭が灯された。木漏れ日が差し込む昼間の城パーティーは華やかな気分にさせられたが、仄かな炎が揺らめく夜間の城パーティーというのもなかなかロマンチックだ。ほろ酔いの頭では一層ムーディーに思えてくる。
参加者たちもこの雰囲気に浸ってきたのか、メイン料理を終えた人たちが音楽に合わせ踊り始める。最初はワルツ系のゆったりした曲だったのに、音響係の人がテンポの速い曲にチェンジすると、ここぞとばかりにアンヌ・マリーと旦那さんが軽快なステップを踏み始めた。旦那さん、体育教師というのは伊達ではない!あれだけ速く動いてアンヌ・マリーを回したり支えたりしても全然軸がぶれてない!!レオもやるなぁ。同い年くらいの女の子をエスコートしてキレッキレに動いている。近くに来たとき
「うまいじゃん」
と褒めたら、
「まあな」
と言いつつ、眉をひそめ首をかしげて見せた。もう思春期なのか?それとも反抗期?!
「私は疲れたから失礼するわね。あなたは楽しんで」
ヴァレリーのその声は姿ともども闇にすぅっと溶け込んでいき、私はポツンと席に取り残された。着物はまだ大丈夫だ。でも、踊ったらどうなるか分からない。もともと踊るつもりはなかったけど、周りがみんな踊っていると浮いちゃうなぁ。
そんなことを考えていたら、私服のカトリーヌが近寄ってきて、
「どう?楽しんでる?」
と声を掛けてくれた。
「疲れるから着替えてきたわ。これ、夜中まで続くのよ。私はパーティーがあまり好きではないから、もうそろそろ部屋に戻るつもり。もしずっと参加するなら、あなたも着替えた方がいいかも知れないわ」
「いえ、私もそろそろ」
「そう?でも、デザートが出る頃よ。折角だから食べましょう」
確かに!デザートは外せない。
「さあ、アレ!アタック!」
カトリーヌの掛け声とともに、私たち二人は踊る人波を縫ってデザートテーブルに突撃し、いくつかのプティ・フールとエスプレッソを抱え、席で堪能したのだった。
デザートを食べ終えたカトリーヌとお休みの挨拶を交わし、さて、私も部屋に戻るかな?と腰を上げたとき、ダミアンが外に出てきた。
「もう戻るの?」
「うん、ちょっと疲れちゃったし。ダミアンは参加しないんじゃなかった?」
「ああ、テクノが聞こえたから踊りに来た」
どうやら彼はテクノ好きらしく、普段からクラブ系のお店が主催するテクノパーティーには好んで参加しているとのことだった。
「シホはテクノ好き?」
私は何がテクノに該当するのか良く分からなかったので(小室哲哉さんってそう?)、詳しくないから好きかどうか分からないと答えておいた。
「まあ、良かったら聞いていって。俺は踊って来る」
ダミアンは軽く手を上げ、スススっと踊る塊の中に入って行った。ノリノリで踊ってる。本当にテクノが好きなんだな。
いつの間にか子どもたちはいなくなり、暗闇を楽しむ大人たちが場を席巻していた。新郎新婦メインっていう感じじゃないな。みんな、自分の時間を楽しんでいる。途中参加に途中退席、正装に私服、踊る人踊らない人、何でもアリ。私の着物も崩れてない!
今回は最後までいい思い出になった。天蓋付きベッドで、心地よい夢が見られそうだ。音楽は私が眠りにつく頃もまだ聞こえてきた。みんな、元気だなぁ。今、このときのパーティーを楽しんで!

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