ダンスはお好き?
Shall We Dance?
と言われたことはないが、海外で何度か『踊る』という行為に及んだことがある。踊ることを目的にした場所に出向いたこともあるが、レストランや通りの片隅などでも、みんな普通にダンスを始める。
盆踊りなどで、さあさあどうぞ、という感じで輪が大きくなるように、海外でも見知らぬ人を交えて身体を動かし、熱を共有する。ぎこちないステップを踏んでいたとしても、気にする人はいない。みんな笑ってその場の雰囲気を楽しんでいる。
語学留学のため初めて渡仏したとき、私はどうしてもモン・サン・ミシェルへ行きたいと思っていた。滞在後は荷物が増えるだろうから、学校が始まる前に訪れておきたい。そこで私は、少し前倒しでパリに入り、ホテルに荷物を置いてバスツアーでモン・サン・ミシェルへ行くことにした。ツアー会社は当時3社あり、私は仏英ガイドのツアーに参加することにした。語学留学のために来たのだから、学校で学ぶ前にフランス語に慣れておこう、と思ったからだ。
ツアー参加者は意外と個人が多く、2人掛けの座席の大半が1人で占領されていた。私もそのうちの1人だったわけだが、出発間際にバスに乗り込んできたフランス人姉妹が、「私たち姉妹だから一緒の席に座りたいの。だからあなたの席を譲って」と申し出てきた。はいどうぞ、と席を譲ったものの、海外にほとんど慣れていない状況で、スペイン人女性と相席。こんにちは~と挨拶をしたのち、私たちはお互いに一言も口を利かなかった。
フランス語だけでなく英語ガイドもよく分からなかったが、ブランチで立ち寄った小さな村や現地での対応、そしてディナーまでついていたそのツアーは満足のいくものだった。皆、同じことを感じていたようで、参加者の間にはいつしか一体感が生まれていた。ディナーでアルコールを摂取し、真っ赤になっていた相席のスペイン女性も、陽気に話し掛けてくるようになっていた。
誰かが座席中央の通路に立ち、座席の背を掴んで左右に動き始めた。すると、参加者が次々と通路に立ち、動きを真似て身体を揺らしていく。
「ほら、あなたも!」
スペイン女性が私の腕を取り、通路に並ぶ列へと導いたのち、
「フォ~!」
と叫んで右へ・左へのステップを踏んだ。通路に並んだ十数人の参加者の動きによって、わずかだがバスが左右に傾く。皆、いつの間にか手を上にかざし、足の動きと同じく左右にゆらゆらと振っていた。普通なら、「危険ですのでお座りください」とガイドさんや運転手さんから注意を受けそうなものだが、そんなことは一度も言われなかった。ガイドさんに至っては、楽しそうに笑っていたくらいだ。
パリに着いてバスを降りた参加者たちは、お互いにお休みの挨拶をしたのち、疲れた顔も見せずにそれぞれの宿泊先へと夜の街中に消えて行った。
こういった、ダンスとは呼べないかも知れない動きに始まり、私はその時々で『踊る』体験をしてきた。カントリー風のレストランでは、ほぼ強制的にダンスの列に加えられた。テンガロンハットにウエスタンブーツの店員さんを手本に、はい、身体は前を向いたまま右へステップ~、はい、ジャンプと同時に手を叩いて回れ右!みたいなことを一糸乱れぬ動きでやるのだ。覚えるまではゆっくりと動いてくれるのだが、段々スピード感が増してくる。下がって~、180度ターンして戻って~、ジャンプと同時に手を叩いて回れ右!身体は前を向いたまま左へステップ~、で元の位置に戻るような動きなのだが、その動きについて来られず、参加者がてんでバラバラな方向を向いていたりする。左に動くはずが右に動き、左右の人が肩をぶつけてゴメンゴメン、なんてこともある。だが何回かすると皆慣れてきて、タッ・タッ・タッ・パパン!というリズムが連動してくる。群舞やパレードでの隊形のように美しく整列して動けるようになると、徐々に高揚感を覚え、全員が軽快にステップを踏んでいた。
変わりダネでは、椅子取りゲームとだるまさんがころんだを足したような勝ち抜けダンスゲームがあった。ゆったりとした音楽が流れているとき、参加者は1人で適当に踊る。音楽が速くなったら、誰かとカップルになって一緒に踊る。そして音楽が止んだとき、カップルはピタっと静止しなくてはならない。カップルのどちらかでも静止できていなかったら両名とも脱落。カップルになっていない人も脱落。最後に残った1カップルが優勝、というゲームだ(カップルは男女でなくてもOK)。
このゲームは、会場が広くないと楽しさが半減する。参加者は1人で踊っているとき、他の参加者との距離を取らなくてはならないという決まりがある。そのため、音楽が速くなった途端、みんな一斉にカップルを求めてダッシュする。といっても、単純に走るのではなく踊りながらでないとダメなので、優雅にステップを踏んで駆け寄る人もいれば、絶対ウケ狙いでしょ?!という妙な動きをする人もいる。私の場合、バレエの白鳥の湖のようにつま先立ちで両手をバタバタ上下させながら近づいてきた男性がいたが、私は近くにいた女性とカップルになったので、その男性は白鳥の湖のまま、慌てて別の人のところへ。幸い別の人とカップルになれたようだが、静止の際、つま先立ちで必死に耐えている男性を見た相方が爆笑して動いてしまったため、2人とも脱落していた。他のカップルでも、ブレイクダンスのように床でぐるぐる回っているときに静止!となり、動きを止められなかったから脱落とか、なぜ静止姿勢をY字バランスにしたの?という人たちが続出。そのお陰というか、このとき私は準決勝?まで残った。そりゃ、いつもほぼ仁王立ちみたいにして、面白味も何ともない静止姿勢してたら残れますわね。でも、その準決勝では、カップルになった男性が私を社交ダンスの決めポーズ(オーバースウェイというやつでしょうか)で静止させたため、私がぐらつき脱落。優勝には至らなかった。そもそも、このゲームではいかに周囲を楽しませるか、みたいになっている人が多く、脱落してもあっけらかんとしている。むしろ、踊りで沸かせられたら(うまい人もウケの人も)ある意味勝ち、のような雰囲気だった。
疑問が残るダンスもあった。語学学校とかインターンとか、フランスでいくつかのパーティーに参加した際、男性と踊る機会があった。1度目はフランス人の男性と、2度目はベトナム人の男性だった。で、いざ踊ってみると、普通なら女性がくるりと回されるタイミングで、なぜか私が男性を回している。何度やっても、私が男性を回すようになってしまう。男性の方は、なんなんだコイツ、という顔をしているが、それは私だって同じだ。男性が女性を回すようにリードするものなんじゃないの?それとも、何かタイミングが違うわけ??
どちらの人も私が数回くるくるさせてしまったあと、「じゃ、ありがとう」と目も合わせず別の女性へ鞍替えしていた。1度ならず2度も男性を回す羽目になってしまったのだが、どうやったら良かったのか皆目見当がつかない(それらの男性には聞けなかったし)。ま、いいか。今後は踊る機会なんてそうそうないだろうし。
サプライズダンスもしかり。その日はニコにレッスンをするため彼の家へ向かったのだが、テンションが高かった彼は「外でレッスンしよう!」と街中へ。目抜き通りをウキウキと歩いていたニコだったが、突然私の手を取り、クイックステップで疾走し始めた。
(えっ、急に何なの?)
訳が分からなかったが、ニコが楽しそうなので私も横スキップでピョンピョン跳ねながら彼に合わせる。通りを歩く人々も、私たちをにこやかに眺めている。
「楽しそうね!」
と声を掛けてくれる人までいた。ニコは聞こえないから知らんぷりだが、私はすっごく恥ずかしい!
最終的に、通りの突き当りにある広場までステップを踏んだのだが、そこでニコが決めポーズをした(またしてもオーバースウェイというやつで)。広場にはカフェが立ち並んでいて、観光客も多い。拍手やら指笛が聞こえるが、これは私たちに向けられているのか?!
(頼む、ニコ、早く体勢を起こして!)
拍手も指笛も聞こえていないニコは、マイペースにゆっくりと私を起き上がらせてくれた。
「ニコ、なんか今日はいいことでも……」
「さ、喉渇いたからあそこに入ろう」
(聞いちゃいない……)
私の手話は見えていない様子で、ニコはレインボーフラッグのあるカフェへ一直線。結局、踊り出した理由は説明してもらえず、私にとってはただただ驚き恥ずかしの体験になった。
Shall We Dance?
がなくても、いつでもどこでも踊り出す人々。その輪の中に入るとこちらまで楽しくなってくるから不思議だ。恥ずかしい思いもしてきたが、温かく受け入れてくれる環境があり、浮いている感覚にはならずに済んだ。
もし海外で踊る機会があったら、ものは試しでやってみたらどうだろう?ダンスが好きでもそうでなくても、あの熱の共有は結構楽しめると思うから。