ある日、フンだり蹴ったり
雪がふ~れば思い出す~ はるかなパリ~ とおい空~
『夏の思い出』ならぬ『雪の思い出』。大雪に見舞われている日本各地の様子を目の当たりにして、雪害が起きませんように、と願う頭の片隅に、苦い記憶が蘇ってくる。
ヨーロッパのいくつかの国では、都市の景観を保全するための法律や政策などが制定されている。街中に多く見られる石畳のなかには、ローマ時代に舗装されたものが残っていたりして、歴史ある建造物と溶け合って趣深く、観光客を惹きつけている。私もご多分に漏れず、テンションが上がったりする、撮影するときは。
石畳の街並みは、晴天でも雨降りでも、カラーでもモノクロでも、何だかいい感じにカメラに納まってくれる気がするから不思議だ(実際の出来は自己満足の範囲だったとしても)。被写体としては申し分ないのだけれど、旅先では様々な場所に出向いて撮影して、を優先してきた私は、食事も摂らず、歩き詰めになることが多かった。単独旅ばかりだったから、レストランに入りにくいとか、1人の食事は味気ないという気持ちが働いたせいでもあるが、できるだけ色々なものを目にして写真に残したいという好奇心のほうが勝っていたのは確かだ。動き回る身としては、柔らかい土道や平らなコンクリート舗装のほうが望ましい。石畳は硬いしデコボコしているから、疲れるうえにつまづいたり挟まったりして歩きにくい。三脚を使用する撮影者の間では、水平を保つのに苦労したとか、傾いたり倒れたりしてカメラに被害が出ないかヒヤヒヤしていたなど、歩行よりも撮影条件や機材の心配をする人が多かった。
私も経験したから分かる。と言っても、私の場合は三脚使用時ではなく、自分の不注意でコンデジを石畳に落としてしまい、衝撃吸収素材のポーチに入っていたにも関わらず、モニターにひびが入ったのだ(このサイト内、『ある日、ブレッソンとベルトラン』で触れています)。
不幸中の幸いだったのは、撮影データには影響がなかったことと、そのコンデジがしばらく使い続けられたことだ。おさえ用に日本からフィルムカメラも持参していたけれど、私がこのヘマをしたとき、フィルムはほぼ撮影済だった。コンデジの動作確認はしたものの、突然動かなくなってしまうかもしれないし、と慌ててFNACへフィルムを買いに走ったところ、日本より高くついて弱った。撮影できなくなるのは、私の滞在意義が半分損なわれるほど酷な事態だ。でも、稼ぎのない留学生に予想外の出費は痛い。どうか、可能な限り長く使えますように!と恐る恐るコンデジを操作し、予想よりも長く使用できたときには、さすが日本製&ライカレンズ!と感動した。
聞いたところによると、石畳の利点として、汚れにくい・水はけが良い・雑草が生えにくいなどのほか、滑りにくいことが挙げられるそうだ。私はこの、‟滑りにくい”ということに関して、一部疑問を感じている。
これは、乾いているときに限ってのことではないですか?
あるいは、石や靴の状態にもよるのではないですか??
雨や雪が降ったあと、危なっかしい歩行をしている人が多少なりともいたのですが???
冒頭で言っている苦い記憶というのは、パリで降雪のあった日に私に起こった出来事のことである。
その日は、先述のコンデジ事故が起こる前のことだった。雪景色を撮影しようと、コンデジ&フィルムカメラを持って外へ出た。
雪は止んでいたけれど、残雪が石畳を覆っていて、私を含め歩行者は探るような足取りで進んでいた。私の数メートル先を20代くらいの2人組の女性が歩いていて、1人はおそらくAIGLEのロングブーツ、もう1人はヒール高7cm程のタウン用ミドルブーツを履いていた。私はバッテリー残量が気になり、手に持っていたコンデジを確認しようとしたとき、ミドルブーツの女性がツルッと軽く横滑りをして、ロングブーツの女性にしがみついた。
「キャー!」
「ちょっと、気を付けて!」
2人は寒さを吹き飛ばすくらい元気に笑いながら、腕を組み下を向いて、ちまちまとまた歩き始めた。
普段街を闊歩しているパリジェンヌだって、この路面状況だとランウェイのようには歩けないよねぇ、などと可笑しみボーッと眺めていたからだろうか。彼女たちへ視線を向けたまま踏み出した一歩は氷上のようにするりと流れ、私の身体は横へ傾いた。
本来であれば、手をつくなりの受け身を取るところだが、それじゃあ手の中のコンデジはどうなるの?と私の頭は自分の身体よりそちらを優先するよう、神経細胞に指示を出したようだ。
私はカメラを守るような格好、つまり欽ちゃん走りのように(古くて済みません……)腕を大きく横へ振り、歩行姿勢から90度倒れるように肩から地面へダイブした。
このとき、コンデジは守られた。守られた、のだけれど……。
私の肩は無事ではなかった。
倒れ込んだ地面は街灯の下で、そこは雪が溶けており、パリ名物とも言えるワンコの茶色い物体が落ちていた。
それを認識できた瞬間、頭はギャッ!と反応し、手をつくか?という迷いが伝達された。その迷いに対し身体のほうは、撮影する気満々で手袋をしてこなかった手をこの上につくのはイヤ!と反射的に動いた。その結果、コートの右肩にべっちゃりと、パリ名物をいただいてしまったのだ。
肉体的にではなく精神的にやられた私に追い打ちをかけたもの、それは、ワイン瓶などを捨てる緑色の大きなゴミ箱の横を歩いて来た中年男性の視線だった。
心配ではなく、引いているでしょう、あなた。
この子、受け身も取らずに派手に転んだけど、運動神経は大丈夫?
みたいに見ている(気がする)。
コンデジを手に持っていなかったら、そして、この嬉しくない名物さえなかったら、私はちゃんと手をついていましたよ!
まさか、そんな思いをしてまで守ったコンデジを、その後不注意で落として壊すとは……。厚手のウールコートを手洗いするのも大変だったし、乾くまで薄着で外出しなくちゃならなかったんだから!コインランドリーを使うとか、アウターを買い足すとか、贅沢できなかったし!それでも、コンデジを壊したというダメージの方が大きかった。
何やってんだか、私。
雪が降ったとき、私の脳裏にはこのフンだり蹴ったりな記憶がサラサラと舞い降りて来る。更には、受け身を取らずに倒れるという記憶と連動して、他の苦々しい出来事までも思い出してしまうのだ。それは日本でのことで、前職の正社員就職が決まったときのこと。友人からお祝いの花束などを贈られ、3次会までお付き合いしてもらった。最後のお店から退出する際、入口の敷居につまづき、左手に持っていた花束をかばって右顔面から地面へダイブし、前歯を2本折り、1本欠けさせたのだ。この事故は私の精神に、コンデジを壊したときよりもはるかに大打撃を与えた。
このときは身体を優先して良かったんじゃないか、私?
こうやって、自己嫌悪が降り積もっていく。
今日は雪も止んで太陽が出ているから、苦い記憶を溶かしに外出しようかな?!
※下の写真は、コンデジが壊れてしまってフィルム撮影のみになったときのもの。日付は3月6日、帰国間際だ。いつも歩いていた街並みをしみじみと撮影していた。受け身せずに倒れた場所とは異なるけれど、右下に写っているのが、ワイン瓶などを捨てる大きなゴミ箱。
