ある日、サザエの蓋の光明

インターン期間中にホームステイした2家庭。
そのうち、最初のお宅であるヴァイキング家族と、私は折り合いがあまりよろしくなかった(彼らとのあれこれについては、エッセイ本『ある日、フランスでクワドヌフ?』の中でいくつかご紹介しています)。
私の状況を見かねたチューターのマリーが、週末マルセイユ観光に連れ出してくれることになった(この話は、当サイト内『ある日、混じり合う街で』で触れています)。そしてこの日の出来事ののち、マリーが迅速に別のステイ先を手配してくれたので、私はヴァイキング家族からオサラバすることができたのだった。
すべて彼女の尽力の賜物、そして、ひょっとしたらスピリチュアルな力も働いていたりして……?

マルセイユ観光中、私たちが魚市場に寄ったとき、ほとんどの魚が売り切れてしまっていた。9時に出発して到着が昼近くだったため、すでに畳まれていた屋台も多かった。活気ある港町の風景を見ることができず、ちょっと残念に思っていたところ、マリーがまだ開いていた屋台に近寄って何かをつまんで手に取り、それを購入した。
「Saint-Lucie(聖リュシー)のお守りよ。彼女は盲目の聖人で、リュシーは光を表す名前なの。このお守りには、船乗りが漁に出たあと、海で迷わないように、港に戻ってくる道を照らしてくれるように、という意味が込められているわ。その意味が転じて、進むべき道が分からない人や迷っている人、困難な状況にある人に道を示してくれるとも言われているの」
そう言ってマリーは、楕円形のコロンとした物体を私に手渡してくれた。
それはサザエの蓋だった。サーモンオレンジ色をした表面はツヤツヤで、裏の螺旋の貝模様は、頭を隠して丸まっている猫の毛並みのようにも見えた。
「シホにも道を示してくれるといいわね」
私を元気づけるために誘ってくれたマルセイユ観光。そして、これからのことも気に掛けてくれている。
マリーの優しさが、身体全体に染み渡る。海からの風の冷たさとも相まって、目にこみ上げてくるものがあったのだが、
「聖リュシーは貧しい人たちに財産を分け与えていたから、このお守りをお財布に入れておくと、お金に困らないとも言われているわ」
そう続けた彼女が一方の口角だけを上げて含み笑いするものだから、湿りかけた雰囲気が一気にからりと晴れたのだった。

そのお守りをプレゼントされてから1か月ほどで、私はマリーが高校内で探してくれた新しいステイ先へと移ることができた。まさに道が開けたのである。
聖リュシーのお導き?いや、マリーこそが聖リュシーじゃなかろうか?
チューターという役割を超越して、私に光明を与えてくれたのはマリーなのである。
彼女に対しては、当時も今も感謝の念に絶えない。一説によると、聖リュシーは作家の守護聖人でもあるようだ(マリーは作家)。願わくば、私に分け与えてくれた光明が彼女の前にもずっと続いていますように。
このサザエの蓋をお財布の中で目にするたび、私はマリーの含み笑いを思い出すのである。

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