スイーツ・ノスタルジー3~ローレライ洋菓子店のバイヤン~
2020年5月31日。
長らく慣れ親しんできた洋菓子店が、その歴史に幕を下ろした。
1972年創業のローレライ洋菓子店は私が生まれたときには既に存在し、二代目が後継したときも大きな変革はなく、コアなファンを惹き付けていたと思う。手の込んだ細工を施したお洒落な菓子が並ぶパティスリーが近隣にオープンしてからも、流行に流されず安心感をもたらす味とフォルムにはほっとさせられたものだ。ときには祝事のサプライズとして、ときには気持ちを伝える手土産として、ローレライのスイーツは日常に喜びをもたらす存在だった。
外のものを買ってくることがあまりなかった我が家において、ローレライのスイーツは他のものより頻度が高かったのではないかと思う。
ケーキでは、クッキー台の上にチョコクリームが塗られた3層のチョコスポンジを重ね、生クリームを丸く絞った上に棒状に巻かれたホワイトとミルクのストライプチョコを乗せ、縁にチョコスプレーをまとわせた「チョコザーネ」。あるいは、台とスポンジと丸く絞った生クリームは同じ(だと思う)で、薄桜色のさくらんぼクリームと、シロップで漬け込んださくらんぼを乗せた「キルシュ」。焼き菓子では、くるみが練り込まれたチョコカステラをチョコでコーティングした、皇室献上品の看板商品「セビル」や、マロンクリームをココアスポンジでサンドし、縁をチョコでコーティングした「バイヤン」が定番だった。
チョコレートもだが、マロンにも目がない私は、特にバイヤンがお気に入りだった。手のひらより少し小ぶりなそれは、しっとりとして柔らかいココアスポンジと、少しかっちりしながらも洋酒入りで舌触りの良いマロンクリーム、それらをつなぐチョコレートの3つが絶妙にマッチした一品だった。冷やすとスポンジとクリームが引き締まるので、しっかりした食感が好きな人にはこちらも楽しめるものだったのではないかと思う(私は袋を開けたときの香りが好きだったので、どちらかと言えば常温で食していた)。
人生の中で頻繁に利用してきたとは言えないものの、自分にとって馴染みの店として親しみを抱いていたローレライ。社会人になってサラリーを頂くようになったときには、ここぞとばかりにバイヤンだけを10個、購入したことがある。毎日1個ずつを10日間続けても全く飽きることなく、私のコアスイーツだったバイヤン。実家を離れてからはなかなか買いに行くこともできなくなっていたが、どうしても食べたいときなどは母に頼んだりしていた。
そんな愛着のある店の、突然の閉店。HPや店頭ではお知らせが出ていたようなのだが、我々が知ったのは閉店後のことだった。最初に気付いたのは、たまたま店の前を通りかかった父で、「もう閉めたらしい」という報告を受けた母が哀惜をもって私にすぐさま知らせてくれた。
小さい頃、店頭でにっこりしながら迎えてくれた一代目。日本のホテルやパティスリーをはじめ、フランスでも修行していた二代目が継いだと聞いたときには、これでまだまだローレライのスイーツが食べられると勝手に喜んでいた。
お店、なくなっちゃったんだ。あのスイーツが、もう食べられないんだ……。
最後にお店へ出向けなかったことが残念でならない。
あんなに好きだったバイヤンの味も、いつか忘れてしまうんだろうか。
ローレライ閉店から数か月後、母が用事のついでに私のところへやってきた。心持ちワクワクしているような様子で、私に「はい、これ」と手渡したもの。
それは、六花亭の「チョコマロン」だった。
母は偶然チョコマロンの存在を知り、取り寄せることができたため、バイヤンの喪失感をとうとうと語る娘へのサプライズで届けてくれたのだ。確かに、サイズは小さいが、マロンクリームや縁をチョコでコーティングしているところなど、バイヤンを彷彿とさせた。
私好みで、とても美味しい。でも、何かが違う。バイヤンよりも生地が硬めのように感じたので、六花亭さんのHPを見てみたところ、「栗餡をビスケットでサンドしている」と書かれていた。
バイヤンはスポンジだからなぁ。その差かなぁ。でも、HP見てなきゃ、違いが分からなかったものなぁ。
たいして違いが分からない私には、バイヤンなき今、これからはチョコマロンだ!と開き直ってもいいのかも知れない。でも、素直にそう思えないのは、過ごしてきた時間の差なのだろう。
物心つく頃には近くにあって、時が移ろっても変わらずにあり続けたもの。
バイヤンに代わるものはこれからもなく、寂しい気持ちは継続しそうだ。
チョコマロンはバイヤンの代替ではなく、チョコマロンとしてこれからお付き合いさせていただければと思う。
ローレライさん、48年間、ありがとうございました。とても充実したスイーツ時間をいただきました。