フランスの日常生活~学食~
フランスの7月は卒業シーズンだ。とは言っても、卒業式のようなセレモニーがないから、これにて終了です、はい、解散!と感慨もなくあっけなく学生生活を終えることになる。
高校でのインターン生活終盤に私が教員たちに挨拶して回ったときも、
「帰国するんだ?元気でね」
といった感じで、実にあっさりとしたものだった。
一方の私はというと、学校最終日の1か月前くらいから一人しみじみとした思いを抱え、校内を散策し、手当たり次第写真に収めていた。
人の記憶とは実に曖昧なもので、今になって写真を見返してみると、忘れてしまっていることが多々ある。人にもよるのだろうけれど、あれから20年が経過し、記録媒体なしに鮮明に覚えていられるほど、私の脳内メモリは精巧ではない。忘備録を兼ね、自分ではこまごまと撮影してきたつもりだったのに、意外と断片的だったせいで思い出せない記憶があり、口惜しく感じる。
対して、忘れようにも忘れられない記憶というものもある。
それが、今回ご紹介するカンティーヌ(学食:la cantine)に関する思い出だ。
フランスの学校には学食があるのが一般的で、前払いした金額をポイントに変換し、精算の際、使用した分のポイントが引かれる仕組みになっていることが多いようだ。
私がインターンをしていた高校では、生徒は毎月使えるポイント数が決まっているようで、1日のポイントの目安は、メイン(付け合わせあり)・副菜・デザート分。パンはポイントには含まれず、好きなだけ取っていいことになっていた。生徒は1か月の間、昨日はちょっと贅沢に食べちゃったから今日は軽めにしておこう、などと調整していたようだ。うまく調整できずにポイントが足りなくなった場合は、友達からポイントを借りたり、パンだけもらって腹の虫を抑えている生徒もいた。ポイントが余った場合はどうなるのか、不明(調べられずスミマセン)。
フランスの学校の学食は、メイン・副菜・デザートが当時日本円で350~500円ほどだったと思うので、格安であることは知っていたが、何とインターン高校において、教員は無料だった(どこの学校でも教員はタダなのかも知れない)。無給の身からすれば毎日でも通って出費を抑えたいところだったが、最初に起きたちょっとした出来事により、私はあまり利用しなかった。
着任当初、チューターのマリーから、
「私は午後別の学校で講義があるから、ランチはそちらで済ませるけど、シホはどうするの?」
と聞かれ、パンでも買ってきます、と答えたところ、
「うちの高校の学食は美味しくないけれど、教員は無料だから、行ってみたら?」
と促された。
かつて語学留学で通った学校にも食堂があり、そこは美味しかった。この高校の学食にも興味はあるけれど、美味しくないって言われちゃうとな……とちらっと思ったものの、無料につられて行ってみることにした。
マリーに入口まで案内されたとき、すでに順番を待つ生徒が団子状に並んでいた。
「教員は並ばずに入って大丈夫だから。奥で好きな料理を選んで、レジへ持っていったら、教員ですと告げなさい」
そう言うとマリーは挨拶代わりに軽く片手を上げ、さっさと立ち去ってしまった。
入っていいとは言われたけれど、私より大人びて威圧感のある風体をした高校生の人垣をかき分けて割り込めるほど、私は身体もハートも頑丈ではない。恐る恐る
「すみませ~ん……」
と教員カードをちらつかせながら中に進もうとしたところ、
「列に並んで!」
と大柄な男性から肩を掴まれた。マリーからセルベイヨンだと聞かされていたその男性(校内を見回ったり、生徒の校内への出入りをチェックする役割を担っていて、彼のほかにもセルベイヨンと呼ばれる男性が何人かいた)は、私が教員カードを見せてもまったく取り合わず、列に並べの一点張りだった。彼の態度を受け、周囲の生徒たちまでが
「ちゃんと並べよ!」
とか、
「言葉が分からないんじゃない?」
などと私のことを非難したり揶揄したりし始めたため、私はすごすごと列に並んで自分の順番が来るのを待った。
その後、レジの女性に
「教員です」
と伝えたところ、にこりともせず顎で後ろを指しながら
「精算はないんだから行って」
と、邪魔だと言わんばかりの態度を取られた。
泣きたくなるような気持ちで教員用の座席に行くと、馴染みのない教員陣しかいなくて、私はぽつねんと端の席に座り、もくもくと食事を口に運んだ。
そのときは確か、副菜にやたらと酸っぱいタブレ、メインに薄いカレー風味のチキンソテー(付け合わせは味のしないくったくたのインゲンがこれでもかと盛られた)、デザートにベリー系のヨーグルトを選んだような?
実際には泣かなかったけれど、泣きっ面に蜂で、マリーの言う通り、あまり美味しくなかった(気持ちの影響もあったかも)。
あとになって分かったことだが、この高校では私が初めての外国人インターンだったらしく、外国人インターン用の教員カードを先述のセルベイヨンの男性は見たことがなかったため、私のことを生徒だと勘違いしていたらしい。これはセルベイヨンに限ったことではなく、門番をしていた男性と女性も私を生徒だと思ったようで、教員なら自由に出入りできるのに、私が
「開けてください」
と頼んだとき、
「まだあなたが出入りできる時間じゃない!」
と、扉を開けてくれなかった。
着任からしばらくして、一部の関係者や生徒からはインターンであると認識されるようになったものの、学食入口では毎回異なるセルベイヨンが生徒の動向に目を光らせていたため、依然として「並んで」と言われたし、生徒からも「割り込むなよ」とか言われた。私はその都度、まだ認識されていないんだと凹んだし、いちいち説明するのも億劫になり、学食は教員の誰かと一緒に行くときだけ利用しよう、と決めたのだった。
ランチ代はかさんだけれど、パン屋さんのバゲットやクロワッサンは美味しかったし、仲良くなった教員仲間と外食したり教員部屋でお弁当を広げる方が、精神衛生上穏やかに過ごせた。
それにしても、生徒はともかく、関係者には着任者の情報くらい共有しておきましょうよ……。
※下左:学食入口。左側の大柄な男性が、「列に並べ」の一点張りだったセルベイヨン。
下右:シェフ2人。メインが2種類あって、それぞれ担当するシェフが配膳してくれる。
その後、セルベイヨンの男性や学食のレジの女性、門番の男女からはインターンだと認識されるようになり、手当たり次第撮影していたときも、カメラを向けたら笑顔を見せてくれた。
門番の男女は写してなかったなぁ。「列に並べ」の一点張りだったセルベイヨンの男性とは挨拶程度だったけれど、写真の話とかできるようになったセルベイヨンの男性がいたのに、その人も写していない。
こまごまと撮影したつもりがやっぱり全然ダメだった、と改めて落ち込んでいる最中である。
※下左:顎で後ろを指したレジの女性(ノースリーブの方)。このときはインターンだと認識されていたので、カメラを向けたら笑顔になった。
下右:生徒用の座席。大抵満席になるようで、別の場所で食べている生徒もいた。