経過年数~歯と友人と~

先週末、親知らずを抜いた。先月「初診では抜きません」と言われたため、1週間先延ばしになっていた。
今回抜歯したのは最後の1本となっていた右下で、この歯については20代の頃に大学病院で診てもらったとき、
「右は斜めに生えているから、抜くときは大変です」
と脅されて?いた。しかも、この大学病院で左下を抜いた際、痛いし時間は掛かるし翌日腫れるしだったので、これより右の方が大変なの?と、すっかり怖気づいてしまった。

フランスでインターンをしていた当時、左側の親知らずはすでに上下とも抜いていた。だが、右側は両方残っていて、上はしっかりまっすぐ生えており、下は埋もれて見えなかった。どちらの影響なのか分からないが、疲労が溜まってくると右顎がうずくような感覚があり、ときどき頭痛を伴うこともあった。
フランスで病院にかかるような事態には陥りたくない、特に歯医者は絶対に避けたい!と強く思っていたのは、渡仏前、母の知り合いのスペイン人の体験談を聞いたからだ。
「スペインでは悪い歯があると、その隣の良い歯も抜くみたいよ。だから、私の知り合いはまだそんな歳じゃないのに、歯抜け状態なんですって」
隣国の話とはいえ、フランスもそんな感じだったらどうしよう?!と不安を抱いた。
幸い、滞在期間中の私の体調は特筆するような問題はなく、右の親知らずも大人しいものだったので、病院にも歯医者にもお世話になることはなかった。
そういえば、インターン期間より後の出来事だったが、健康な歯を何本も抜かれたという人が多発する事件がフランスで起きたような?怖いよ~!

あれから20年、その間右上は抜歯を行った。右下は、頭だけ出てきたな、半分くらい見えているのかしら、と少しずつ成長を遂げ、数年前には奥歯と同程度の大きさが確認できるまでになった。斜めに生えているとは聞かされていたが、頭が奥歯に寄りかかるような感じで、他の歯並びより顎側に生えていたので、頬を触るとそこだけ出っ張っていた。これだけ立派に育っちゃったら抜いたほうがいいよね、とは思いつつ、左下のときの恐怖心が拭い切れず、先延ばしにしてきてしまった。
今年こそは抜こう、と年初にうっすらとした決意を固めたからなのか、5月の連休前、何の前触れもなく右顎に痛みが発生した。普段はアレルギーのこともあり、処方されていない薬は極力飲まないようにしているのだけれど、このときはなかなか痛みが治まらず、やむを得ず秋口頃に別の治療で処方された痛み止めを服用した(消費期限を確認しないで飲んじゃったけど、1年も経過していないから、大丈夫だろう……)。しかも、翌日も痛みが消えなかったため、再度薬に頼った。これはやはり抜いておくべきだろう、と促された形で歯医者に予約を入れることにした。
‟親知らず 名医 都内”といったワードで検索したところ、結構な数の歯医者がヒットした。通いやすさなどから範囲を狭め、その中から口コミを頼りに決めることにした。そうして私が予約することにしたのが、痛みや腫れがない、早い、など口コミの大半が良い評価の、先生が一人で対応している渋谷区の小さなクリニックだ。
抜歯当日、会社の仕事が終わってから直接クリニックへ向かう。余裕を持って行ったら、25分も早く到着してしまい、早いね、と先生から笑われてしまった。私は緊張から笑うどころではなく、曖昧な返事をした。
私の前に予約している患者さんがまだ来ていなかったようだが、
「始めようか。麻酔が効くまでの間に前の人が来たら、また待合室で待っててもらうかも知れないけど」
と先生がおっしゃるので、麻酔のまま離席させられたらちょっと落ち着かないな、とは思ったものの、分かりました、と治療室へ移動する。
麻酔は複数箇所を2回に分けて行った。痛みを感じた箇所もあったが、他の歯医者で経験したような、ぎゅ~っと押し込まれるような圧痛はなかった。麻酔開始から効くまでに数分、その後、奥歯に当たっているところを削られ、何かいじられているなぁと思っていたら、
「親知らずは抜けたけど、奥歯に歯石がついているから、できるだけ取るね」
とさらっと告げられた。
えっ、まだ10分くらいしか経っていないのでは?
歯石を削られているので、口を開けたまま驚く(驚いた顔って口が開いているから、表情は微妙にしか変わっていないと思うけれど)。
「はい、いいよ」
予想をはるかに上回る早さであっさりと終了し、私は呆然とした。
かつて、右は斜めに生えているから抜くときは大変です、って大学病院で言われたけれど、どういうことだろうか?上の親知らずの抜歯くらい早かった!
先生に促されて治療室から出ようとしたところ、
「眼鏡、忘れないでね」
と外しておいた眼鏡のことを指摘される。更に、
「カバンも」
どうやら、私は相当呆けていたようで、手ぶらで立ち去ろうとしていた。
口コミの評価は正しかった!本当にお上手な先生だった!!
加えて、なくしてしまった私のリング、厄を引き受けてくれてありがとう~!!!

帰宅してから携帯を確認したところ、友人に送ったメールへの返信が届いていて、それを読んだ私は驚愕した。
何と、彼女は私の1日前に、最後の親知らずを抜いていたのだ。
すごい偶然の一致だね、私も今日最後の親知らずを抜いたんだよ!と急いで返信したところ、彼女からも驚いた様子の返事が届いた。
この興奮を他の人にも伝えたくなり、私は抜歯の報告がてら、母にも友人との出来事を話した。
「長年付き合っていると、行動も似てくるのかしら。あなたたち、まるで双子みたいね」
彼女は30年来の友人であるが、経年のことはさておき、一卵性双生児の人たちは、別々の場所で過ごしていても同じ行動を取ったり、お互いに同じような状況が起こったりする、という話を大学の先輩から聞いたことがある。先輩のお父様は双子で、話によると、一人が散髪しに行ったらその数日後、もう一人も髪を切りに行ったそうだ。また、一人が盲腸を患ったところ、やはりもう一人もしばらくしてから盲腸で運ばれた、と言っていた。
双子みたい、か。
友人は仏文科卒で、フランス好きという共通点もある。彼女は東京在住ではないので、離れたところで暮らしているけれど、ひょっとしたら私たちは、他にも同じような行動を取っているのかも知れない。

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