ある日、参考書一冊を翻訳する
早いもので今年も4分の1が過ぎた。暖冬だったから、3月に入ったとき、春分の日を過ぎたら桜が見ごろを迎えるかも知れない、と予想していた。思うところは外れてしまったけれど、午前中に開花宣言・午後に満開を迎えた年がかつてはあったそうなので、季節外れの高気温となった今週末、このあと一気に開花してしまうかも知れない。子どもはいないものの、入学式頃まで持ってくれたらいいなと毎年思っている。
新学期のニュースを見聞きするたび、インターンのために教材などを揃えていたときのことを思い出す。あのときは、それなりに手間もお金も掛けた。手間に関しては、情報収集・とりわけ最適な手段や媒体の選定が不得手だという自己認識があり、もっと効率的な別の方法があったのではないかと省察したりする。
私がインターンに赴いたフランスの高校には、中国語クラスはあったものの日本語クラスがなかった。そのため、初心者にも分かりやすく日本語や日本文化を教授して欲しいと学校側から依頼されていた。
文化に関しては習い事でいくつか経験していたけれど、日本語に関しては母語というだけで専門的な学習経験も資格もない。そこで、外国の方々に日本語を教える人たちがよく使っているという、『みんなの日本語』(スリーエーネットワーク発行)のフランス語版で勉強してみることにした。
ううむ……。
これは、日本語文法とフランス語読解、両方に精通している人向けなのでは?
フランス語で日本語文法をどのように解説しているのか、まず文章を読み解かないと分からない!
そこで、同じ発行元だから、と『日本語文法ハンドブック』も購入してみたが、こちらは全文日本語解説。しかも詳細に述べられている。さて、どうしよう?
私が取りうる方法は2つ。1つ目は、ハンドブックで文法を理解したのち、『みんなの日本語』のフランス語を翻訳するという方法。2つ目は、『みんなの日本語』を翻訳したのち、解説内容を理解するためにハンドブックで確認するという方法。
2つ目のほうが効率が良さそうだと判断したものの、どちらの方法を取っても『みんなの日本語』は翻訳しないとダメか~(ちょっと面倒)、と腰が重かった。そんな時期に、斡旋会社の担当者の女性と参考書について話をする機会があり、その方から『新文化初級日本語』(文化外国語専門学校発行・凡人社発売)を勧められた。
手に取ってみたところ、文字が大きく、場面に合わせた挿絵が施されていて読みやすい。『みんなの日本語』のような文法解説は一切ないが、この本は、初めて日本語を学ぶ学習者が、文法を体系的に習得できるように編集されているそうだ。だとしたら、教える側としても、この編成に沿って説明していけば、初心者でも分かりやすいと感じてもらえるのではないか?でも、やっぱり文法の解説は必要だよね……?
そこで私は、取り敢えずこの一冊・166ページ分の日本語をフランス語に翻訳して使用することにした。手間は掛かるけれど、文章が少ないので、『みんなの日本語』に書かれたフランス語を日本語に翻訳するより楽だ。文法の解説については、生徒から質問されたらハンドブックの内容から答えればいいかな?
担当者の女性からも、
「正しい日本語を教授することは大切ですが、まず日本や日本語に興味を持ってもらうことが目的なので、ご自身が身に着けてきたことを伝えていけばいいと思います」
と背中を押される言葉を頂いたし(と、いいように考えることにした)。
翻訳する分量が減ったとはいえ、渡仏前までに全ページ分を終えることはできず、私はインターン開始後1か月ほどでようやく完了にこぎつけた。
フランス語の出来については、チューターのマリーが添削してくれたので、ここ間違えちゃったとかこういう言い回しをするんだ、と復習することができた。マリーからも
「これ一冊全部を翻訳するなんて、頑張ったわね」
と褒めてもらって気分が良くなり、私はやりきったという達成感に満たされたのだった。
明日から4月。新しい環境で何かを始めるとき、できれば最小限の労力で効果を上げたいと考える人もいるだろう。それがうまくいかなかったとしても、絶対、無駄にはならないはずだ。
私は不器用で、ずいぶんと遠回りや非効率に思えるような行為をしてきたと自覚している。外国人に日本語を教えるための教材に関しても、さまざまな参考書が発行されているようだから、もっと情報収集と取捨選択できたら良かった、と反省している。一方で、遠回りした分、学んだことも多かったと捉えている。
※下の写真の参考書は、日本事情について書かれたもの(『改訂版 話そう考えよう初級日本事情』スリーエーネットワーク発行)。フランス人からは、日本語とか日本文化以前に日本について質問されることが多く、重宝した。