ある日、春めいてミモザ(からの湯豆腐)
日本で春を連想するカラーといえばピンク色になるのではないだろうか。薄紅梅・桃花・淡紅白など、まだ寒々とした立春から麗らかな日を迎えるまでに咲く花々の可憐な色合いは、気温の上昇とともに肌に血色が戻ったときのように、ほんのりと確実に生気に満ちている。
近所の紅梅が連なって咲いていて可愛らしかった。三首をしっかりガードしておかないと身震いするくらい冷え込んでいるけれど、春めくとはこのことか、と写真に収めた。
フランスで春を連想するカラーは一般的に黄色と言われている。ミモザが春の訪れを告げる花であるためということだが、南仏に滞在していたときは冬空の下でもミモザを目にしてきた(クリスマス頃、既に咲いていた)から、待ち焦がれていたのに一瞬で終わっちゃったのね、という日本の桜のようなはかない印象はない。
それでも春を待ちわびる気持ちに国境はなく、南仏では毎年2月~3月にかけ、大小さまざまな街や村でミモザ祭りが開催されている。私は留学中、ホームステイでお世話になったマダム・ローラに連れられ、ある小さな村で開かれたこのお祭りを観に行った。私がローラ宅にステイしたのは秋のことで、12月以降はパリに移っていたのだが、週末を利用してお祭り期間中にまたお邪魔させていただいたのだ。
「小さくてお店も少ない村に人が詰めかけるから、カフェに入るのは無理ね。お弁当を持っていきましょう。村の上のほうに行くとベンチがあるの。そこなら景色もいいし」
ローラはサンドイッチやコーヒーを用意してくれた。
「たくさんの花山車が出て、優勝を競うの。今年はシラク大統領夫人(当時)も観に来るらしいわ」
大統領夫人が来ると聞いて、私はニースのカーニヴァルやマントンのレモン祭り並みに大規模な催しを想像してしまったが、到着した村はローラの言う通りこぢんまりとしてこれといった観光スポットもなく、普段は村人たちが長閑に暮らしているのだろうと想像できた。
山車が練り歩く道路に沿って、簡易客席が設置されていた。
「あそこは有料なの。あんな屋根もない造りなのに、それなりのお金を取るのよ!」
ローラも私もお金を払ってまで座ろうとは思っていなかったので、できるだけパレード全体が見渡せそうな場所を探し、そこで山車がやって来るのを待つことにした。
「あそこに夫人がいるわよ」
ローラがシラク夫人に気付き、教えてくれた。テラス席のような場所で白いスーツに身を包んだ女性がそうらしく、遠目でお顔がよく分からなかったため、私は写真に残すことにした(笑)。
夫人は結構目立っていた。たぶん、斜め後ろの男性がSPっぽい。左右に2人の男性がいるけれど、緊張感なくボサ~ッとしているから、何かの要人なのだろう。素朴な疑問なのだが、夫人の前方を遮るものがないけれど、この警護はマニュアル通りなの?
素人の疑問をよそに、パレードが始まった。ミモザ祭りと謳ってはいるが、山車には他の花々もふんだんに使われていた。いやむしろ、ミモザよりも多いのでは?山車にはそれぞれテーマがあり、国(エジプト)とかキャラクター(ポケモンや、ネズミのディディル&ディディリーナ:ドイツ生まれで、フランスでも人気がある)などがあった。西欧の小さな村にまで、日本アニメの影響が!
パレード参加者はそれぞれのテーマに沿った仮装をしていて、ちょっと手抜きっぽい人(カツラを着けただけとか)もいれば、凝った服装や化粧を施している人もいた。沿道の見物人は、参加者から投げられる花をキャッチしようと準備万端で身構えていた。彼らからすると、私のように山車や仮装の細かい装飾などを近くで撮影しようと突っ立っている輩はさぞ邪魔だったことだろう。でも私にしても、当時はフィルム撮影。1枚だって無駄にはできないのよ!
チャップリンのような口ひげと黒スーツの子どもたちは、花ではなく紙吹雪を撒いていた。私と目が合った男の子は、いたずらっぽく笑うとすかさずビニール袋に手を突っ込み、片手一杯に握った紙吹雪を私の顔の前でパッと撒いたのだが、風に流され、私には全くかからなかった。
最後の山車が通過すると、見物人はいそいそと移動を始めた。カフェなどの席を少しでも早く確保するためだろう。
「私たちはお店を探す必要がないから、慌てなくて済むわね」
ローラは余裕しゃくしゃく、見物人を横目にゆったりと道を上り始めた。
10歳前後の子どもたちが、落ちていた紙吹雪をかき集めて他の子の襟元に押し込んだり、スプレー缶から泡の整髪剤みたいなものを手に出し、お互いに擦りつけてふざけていた。
「あの子たちからは離れて歩きましょう。勢い余って服に泡を付けられたりしたら大変だから」
ローラが子どもたちからそれとなく距離を取ったので、私も彼女に倣った。
ありがたいことに、上のベンチまでやって来た人はわずかで(村の中心地から離れているせい?)、肌を刺すのではなく撫でる程度に和らいだ2月の大気のなか、私たちは周囲の景色を楽しみながらゆっくり食事できたのだった。
※下の写真は、花をキャッチできなかった私のために、ローラが参加者に頼み込んでもらってくれた数輪。
2月の食事と言えば、フランスでは2月2日のシャンドルール(la Chandeleur:聖燭祭)にクレープを食べる習わしがある。クレープを作る際、片手にコインを持った状態で、もう一方の手でプライパンを返し、うまくクレープがひっくり返ったら1年間幸運に恵まれるとか、未婚女性だったらいいお嫁さんになれるとか言われているようだ。
そういえば私は幼い頃、母から
「錦糸卵をうまく焼けたらいいお嫁さんになれるのよ」
と言われ、厚くならないように、でも破れないように、かつ焦げないように錦糸卵を焼かなくては!と緊張していた時期があった。鉄のフライパンだったので、綺麗に焼くための火加減や、破ったり皴にならないように裏返すのが難しかった。母は料理に厳しい人だったので、私はダメ出しに怯え、最初のうちは失敗ばかりしていた。次第にうまく焼けるようになっていったものの、現在独り身である。もし日本で錦糸卵の焼き加減に悩んだり、フランスでクレープが綺麗にひっくり返らなかったことを気に病む未婚女性がいるとしたら、今どきのフライパンは焦げない・張り付かない加工になっているし、結果がうまくいこうがいくまいがあまり関係ない、自分の心持ち次第でどうとでもなりますよ、と伝えてあげたい(あれ、これ、励ましになってる?)。
シャンドルールと1日違いで、日本では2月3日に恵方巻を食べたりするけれど、こちらも運気を呼び込むための儀式(吉方を向いて黙って1本食べ切る)がある。恵方巻以外だと、例えば、節分と立春に白いものを食べれば邪気払いと福招きができるとされている。なかでも白いお豆腐がいいらしく、色の付いた調味料(冷奴にお醤油をかけるとか、赤や黒の味噌汁に入れるとか)で食べるのはNGというお作法がある。
シャンドルールはキリスト教徒の行事でもあるが、春の訪れを祝う祭事でもある。日本の行事も、儀式的な意味合いと生活に根ざした思い、両方が込められている。本日立春、運気アップと穏やかな気候を願って、白いものを食してはどうだろう?春めいてきたとはいえ、まだまだ温かいものがいいから、湯豆腐とかですかね~。