ある日、幼子を隠す

クリスマス時期になると放映される『ホーム・アローン』の中で、泥棒に追われたケビンが、教会の外に再現されていたキリスト生誕の場面飾りに隠れるシーンがある。
フランスではこの飾りつけをクレッシュと呼び、アヴァン(Avent:待降節)最初の日曜日(聖ニコラの日である12月6日という説もある)から、シャンドルール(Chandeleur:聖燭祭)まで飾るのが一般的であるそうだ。
私はアヴァンという単語を、インターン期間中にホームステイしていたRDP家で耳にしたとき、‟avant:~より前”だと思い込み、キリスト誕生前までの期間だからか、と誤って覚えていた(解釈としては間違っていないと言えるかも知れないのだけれど)。
なお余談となるが、2月2日のシャンドルールにはクレープを食べる習わしがあり、ラシェルが私を自宅に招いて振舞ってくれた覚えがある。

プロヴァンス地方の家庭では、クレッシュをサントン人形と呼ばれる素焼きの工芸品で飾る。このサントン人形は、キリスト生誕にまつわる登場人物や動物以外に、19世紀のプロヴァンスの人々をモチーフにして作られており、当時の人々の職業や服装を知ることができる。人形の大きさはさまざまだが、一般家庭だと2・3cm~7・8cmのものを飾ることが多い。プロヴァンスでは12月でなくともサントン人形が売られていて、お土産として購入する旅行客もいれば、クレッシュ用に毎年1体ずつ増やしていく地元っ子もいる。
どの家でも思い思いの装飾を凝らし、お気に入りの人形を好きなように配置しているが、いくつかルールがある。キリスト生誕の場面を模しているため、他の人形は飾っても、幼子イエスの人形は12月25日0時になるまで飾らないでおくのだ。また、三博士を飾るのは1月6日とされている。
敬虔なクリスチャン一家であるRDP家でクレッシュとサントン人形について説明されたとき、当時中学2年生だった末っ子の四女が、
「赤ちゃんの隠し場所を一緒に考えよう」
と私に持ち掛けてきた。
「誕生前にイエス様がいたらおかしいでしょう?12月25日までは見つからないように、どこかに隠すの。これは私とシホの秘密だから、誰かに教えたらダメだよ」
RDP家では、四女が幼子人形の係になっているとのことで、25日までは誰の目にもつかないように、毎年どこかに隠すことになっているらしかった。私は誰にも言わないと誓ったうえで、幼子人形の隠し場所を四女と一緒に考えることになった。といっても、
「食器棚の奥にあるお皿の後ろはどう?」
「使っていない花瓶に入れておくのは?」
「温室の鉢植えの中に隠してみようか」
などと四女が提案する隠し場所に、私はただ、そうだねぇ~、どれもいい隠し場所だと思うけど、誰かが使ったりしたら見つかっちゃうかも、鉢植えも水やりのときにバレる可能性があるし、何より人形が濡れちゃうのでは?とはっきりしない返事をするだけだった。
「それなら、この箱の中にしない?」
どうやら四女は、クレッシュを飾っている棚の中に入っていた、小物などを入れる箱に目をつけたようだった。
「クレッシュを飾っている間はあまり棚を開けることがないから、誰もこの箱の中を探したりしないと思うの」
そもそも、四女が管理することになっている人形を誰か探したりするのだろうか、隠し場所は必要なのだろうか、という疑問をぼんやりと抱いてはいたものの、いい考えだと思う、と私は返答した。四女は私がやっとはっきり返事をしたことで、満足そうに微笑み、幼子人形を箱に収めたのだった。
その日の夜、四女はディナーの席で家族に
「イエス様は見つからないように隠したから。2人だけの秘密なんだよね、シホ」
と楽しそうに報告していた。
「どうせお前のことだから、花瓶の中にでも隠したんだろ?」
「そんなところに隠したりしないもん!絶対見つからない場所なんだから。ね、シホ」
四女より3歳年上の長男(当時高校2年生)がからかうのを、拗ねたり勝ち誇ったような口調で返す四女を見て、大人びているけれどこういうところは年相応なのだなぁ、それにしても花瓶の中に隠さなくて良かったね、と私は内心思ったのだった。

RDP家のクレッシュ。色んな職業の人に見守られて、厳かというよりはお祭りのように賑やかな雰囲気。私が作った折り紙も飾りに加えてくれた。人形の陰に隠れているけれど、25日になったら赤丸で囲んだ位置に幼子人形が置かれることになる。

ストラスブールを訪れた時に撮影したクレッシュ。こちらも25日前だったため、赤丸で囲んだ幼子人形の位置は空けられている。展示用だったからか、三博士はすでに置かれていた。

その後、私はラシェルから2体のサントン人形※をいただいた(写真左と中央)。色付けが粗いので、何の職業の人なのか不明である。左は麺棒か、糸巻きのようなものを持っているみたいだから、パンやさんか機織り職人だろうか?女性っぽいけど、性別もイマイチ判別できず。中央は聖職者?黒い帽子とマント、蓄えた髭がそれっぽいような……?
※訂正:サントン人形と書いてしまいましたが、こちらはフェーヴ(ガレット・デ・ロワに入れるもの)ですね……。
そして、右の1体は何かのオマケでいただいたサントン人形である。色付けが細かく、服の柄や顔の表情がはっきりしている。今回近接で撮影してみて初めて気づいたのだが、この女性、怒ってるの?左手に黒く丸いものを持っているけれど、オリーブとかトリュフだろうか?まさか、コインじゃないよね?不機嫌そうな顔の表情から、何だか金貸しのように思えてきた……。多種多様な職業の人形を作っているとはいえ、キリスト生誕の場面に禁忌の金貸しは相応しくないだろうから、オリーブ摘みかトリュフ採り職人だと思うことにしよう!

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