ある日、Nの野望

私はスマホでもテレビでもゲームをしないので、それらについては無知であり、ほぼ未知の領域だ。それゆえ、2005年から今に至るまで、自分の中だけで謎になっていることがある。

フランスでのインターン期間中に日本語の個人レッスンをしていたニコは、いくつかのテレビゲーム用ソフト(っていう言い方で合ってる?)を持っていた。頻繁ではないけれど、私が自宅を訪れたときもゲームに興じることがあった。
ゲーム中のニコに話し掛けるのは一苦労だ。彼は聾唖で、家の中では補聴器を使わないから、声には反応しない。そのため、ニコの注意を引くには
・そっと肩を叩く
・部屋の電気を点滅させるか、ニコの視界に入る位置にレーザーポインターをあてる
・ニコの視界に入る位置まで私が動く
必要がある。これ、ゲームをしない私でも、気が散ってすご~く嫌がられる行為だと想像できた。だから、邪魔しないで済むように、と一区切りつきそうなタイミングを見計らっていたら、数十分経過してしまった、なんてこともあった。
ニコが持っていたソフトの中には、日本のものとおぼしきゲームもあった。確かパッケージには鎧を身に着けた日本人らしき絵が描かれていたそれについて、ニコは
「ノブナガを倒すゲーム」
と説明した。なるほど、やっぱり日本のものだったか。ノブナガとは、織田信長のことだろう。ニコが続けた詳細によると、ノブナガは鬼になるらしい。
「ノブナガって、実在するんだよ。フィギュアのノブナリ・オダ選手のご先祖」
ゲームについて話の幅を広げられない私は、ニコが趣味でフィギュアスケートをやっているので、ノブナガを織田信長と決めつけて話を続けようとした。当時、織田信成選手は世界ジュニア選手権で優勝し、フランスでも注目されつつあった。
「ノーーーーーーーーーーーン!」
ニコは大きな声でダメ出しし、目を見開き大袈裟に人差し指を顔の前で何度も振ったうえで
「これはゲームだよ?」
と溜息交じりの呆れ声を私に投げかけた。そうなの?くらいの返答を予想していた私は、ニコの反応にちょっと戸惑ってしまう。
(ノブナガを実在すると言ってしまったけれど、まさか、鬼になるっていうゲーム設定でのノブナガを実在すると思ったのかな?)
さすがにそんなことはないだろうと思ったのだけれど、私の言葉が足りなかったかな?
「ノブナガって、織田信長っていう日本人をモデルにしているんだと思う。織田信長は、ノブナリ・オダのグラグラグラグラ~ってくらいずっと前のグランパ(おじいちゃん:grand-papa)なの」
説明を付け加えても、ニコは納得した様子を見せない。
「自分のご先祖が悪役だなんて、よくノブナリは許したね」
(彼の意向は分からないよ~。それに許可を取るとしたら織田家だろうし……)
知らんけど、で済ませたいけれど、簡単には諦めてくれないのがフランス人(でも彼らも都合が悪いことはジュヌセパ:知らんけど、で通したりする)。
「ノブナガ・オダはどんな人だったの?」
「ノブナリは直系の子孫なの?」
などと質問され、すぐには答えられないから調べてくるね、と答えてその場を収めたのだった。
※このときは、織田信成さんが信長の子孫であるかどうかについて、ご本人が公にしている証言をもとに話をしました。

帰国したのち、あれは何というゲームだったんだろう、と気になって調べてみた。私は『信長の野望』ってそれっぽいな、などとまた勝手な想像をしていたのだが、たぶん違う。他のゲームでも、ノブナガが鬼になるという設定のものを見つけることができなかった。日本のゲームなの?もし日本製ではなかったとしたら、それこそ、織田家の許可は取ったのかな?そもそも、歴史上の人物をモデルにした場合、子孫が存命だったら許可は必要?不要?架空の設定です、で押したら通るのかな(このゲームだと、私のようにノブナガって名前から織田信長を連想する人が多いと思うのだけれど……)?
いくつもの疑問符を残したまま、今日まで謎としてうやむやにしている。

先日、織田信成さんが選手として復帰したニュースを見聞きした。長年ブランクがあったにも関わらず、4回転を着氷したというあたり、やっぱり何か持っているんだろうなぁ。かつて、キスアンドクライで隠そうともせず大泣きしていた彼の表情を見るにつけ、信長もこんな人だったんだろうかと想像した。信成さんはまた大きな大会を目標にしていたりするのだろうか?
今回のNの野望は、今後明らかになってくることだろう。

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