誓いのことば
「指切りげんまん、嘘ついたらハリセンボンの~ます」の言葉とともに小指と小指を絡め、約束を守るための誓いを立てたことが、日本人なら1度は経験しているのではないだろうか。
フランスにも同様に、誓いのことばがある。私はニコからそのことばを教えてもらった。どういう話の流れだったか、ニコが私に何らかの誓いを立てたのだ。
耳にしたのはそのときが初めてだったが、抑揚なく突然呪文のように唱え始めたので、「指切りげんまん的なことを言っているのだな」ということは想像できた。
「ねえ、今のって、約束を守りますってときに言うヤツ?」
「そうだよ。知らない?」
「うん、初めて聞いた」
私が初耳だと言ったことを受け、ニコはそのことばを紙に書き出してくれた。
”Croix de bois,croix de fer,si je mens,je vais en enfer”
『十字架の木と火に(誓って)、もし私が嘘をついたら地獄へ行きます』
直訳するとこんな感じ。ニコはこのことばを唱えている間、両手の人差し指と中指をXのようにクロスさせていた。
(指の交差で十字架を模しているということ?嘘ついたら火あぶりになりますってこと??)
中世の魔女狩りを連想させる。男性で火刑に処された人の話はあまり聞かないが、かつて同性愛が犯罪だったころにあったと聞いたことがある。それを踏まえると、ニコがこの誓いを立てたということに確固たる意志を感じた。
でも、何に対して誓約したんだっけ?忘れたってことは、大した話じゃなかったような気がする……。
まあ、日本でも約束破ったからといって、本当にハリセンボン飲んだりしないし、国は違えど、子どもに「嘘ついたらダメなのよ」と諭すための役割として受け継がれているのだろう。
「フランスは一人でやるんだね。日本では約束する相手と指を絡めるんだよ」
「へぇ。どんな風にやるの?」
ニコが興味を示したので、お返しとばかりに、私は指切りげんまんを伝授した。
「なんか、こっちのほうが重々しい気がする」
相手と約束を”交わす”という意味では、フランスよりも制約が強いとニコは感じたようだった。
「フランス式と日本式両方やったから、重大な誓いだなぁ」
と言っていたけど、本当に、何の話だったか……。
その後、私はフランス式の誓いのことばを覚えただけで一度も使うことはなかった。誰かに言ってみようかな、という単なる好奇心を抱いたことはあったのだが、「あなた、クリスチャンじゃないでしょ?」と言われるのがオチな気がしたせいもある。フランスではくしゃみをしたときに
「アテスウェ!(あなたの望むままに:英語のBless you、日本のお大事に、的に使われる)」
と言われていたので、私も真似をしてくしゃみをした人に使っていた。そんなあるとき、クリスチャンであるかどうかを問われ、違うと言ったら
「クリスチャンじゃないなら言う必要ないよ」
と言われたことがあったのだ。悪いことは言ってないんだから使ってもいいじゃないかとは思ったが、そんなことがあってからは、人を選んで使用していた。アテスウェでもあれこれ言われるのだから、十字架に架けられた神様への申言という感じの誓いのことばを使ったりした日には、かえって反発を招くかも知れない。かくして、私は誰とも誓約せず、頭に詰め込んだだけで帰国した。
指切りげんまんは宗派に関係なく使えると思うし、子ども間のコミュニケーションの一貫だったから、みんな気軽に誓いを立てていたように思う。当然だが、約束を違えた子がハリセンボンを飲むこともなかった。ちなみに私は小学校の高学年になるまで、”ハリセンボン”が魚のことだとは知らず、千本の針のことだと思っていた。
「針はね、身体の中に入ると血液の流れに乗って心臓に届いて、心臓を破裂させちゃうのよ」
と、初めて裁縫を習ったとき母から聞いた。針を放置して誰かが踏みつけたりしたら危ないから、ということで教わったのだが、私は指切りげんまんを思い起こした。千本の針なんて飲んだら身体はどうなっちゃうの?と、ただただ恐ろしかった。今になって、魚だったら針を抜いて調理すれば……などと思ってしまうのは、よこしまな大人の考えなのでしょうか?!