猫話~我が家のブラン~

今週、父が手術を受けた。半年前、オペ内容の説明を聞くために病院へ出向き、今回は見送りましょうと告げられたのも突然だったけれど、やっぱり手術しましょうと促されたのも4月に入ってからという、なんとも急な出来事だった。
オペを見送った10月は、ブランが別の世界に居を移した時期でもある。半年という期間は、日々をただこなしているルーティンのなかでは‟もう”という気がするが、ブランが生きた20年間を振り返ると感傷にふけってしまい、つい先日のような気もする。

我が家のニャンズはみな保護猫で、正確な誕生日が不明だ。ただ、目が開いたくらいの時期に保護したのが4・5月だったので、おおよその日程を遡ってバースデーとした。
長兄猫のハナが4月24日、長姉猫のメグが4月1日、次男猫のサスケが4月5日、次女猫のブランが5月1日と、生まれ年は異なるものの1か月の間に次々と誕生日が巡ってくるので、ニャンズのお祝いムードが継続する。まるで長く続くカーニヴァルだ(その後断食したりはしないけれど)。
ブランは兄弟猫とともに母の知り合いの女性に保護され、兄(弟)猫はその女性宅に、ブランは我が家に迎えられた。

雪のようにつややかで光沢さえ感じる純白の毛並みから、ブランと名付けた。女の子だと女性形はblanche:ブランシュなのだが、呼びにくいので男性形にした。そんな名を冠してしまったせいなのか、やたらと気が強い女の子に育った。保護した女性の家族となった兄弟猫のほうは、近寄ると困り顔になって、半身をのけぞらせながら後ずさりするようなシャイな男の子になったというのに、我が家のブランときたらどうだ。母以外の家族には懐かず、威嚇・猫パンチ・かぶりつき。ただ横を通り過ぎようとしただけなのに、爪を出した本気のパンチを繰り出したり、足首にしがみついて牙を立てるなど、攻撃的なことこの上なかった。これが家族全員に対する態度だったならば、きっと外にいる間に怖い目にあったのね、と推し量ったりもしようものだが、母に対してだけは相好を崩すのだから、合点がいかない。猛虎の形相で私に低く唸ったかと思えば、母の顎下に額を押し付け、目を細めてゴロゴロと喉を鳴らしている。
母以外に懐かない、というのは猫間でも同様で、先住の3ニャンズはこの綿毛の塊に始終振り回されていた。ゴチーンと頭突きして、毛づくろいしろと言わんばかりに擦り寄ったブランを丁寧に舐めてあげていたハナに、しばらくしたら「もういいわよ!」と猫パンチ。「えっ、どういうこと?」と目をロンパらせ呆然としていたハナの様子は、家族の同情と笑いを誘った。ハナはニャンズの中で一番穏やかだったから、あまりにもブランが傍若無人に振舞ったとき、
「ウ……ウ……ウ……。ニャフー!」
と、‟迷いました”からのけん制。
「僕、本当はこんなこと言いたくないけど、好き勝手に振舞うの、やめてくれないかなぁ~!」
って感じでしょうか。ハナが威嚇すること自体珍しかったから、私たちは
「ハナに威嚇させるなんて、ブランはやんちゃが過ぎるだろう」
とか、
「ハナ、威嚇するときまで遠慮しなくていいんだよ」
とか、自分たちの心境を重ねてハナの肩を持っていた。

ハナとは対照的に、メグは無駄にブランを威嚇していた。見つめられると露骨に不快な表情を浮かべ、離れた場所にいても「シャーッ!」っと鋭い空気音を響かせる。それでもブランが距離を詰めてくるものだから、たまらずメグは背を向けて逃げ出す。それが面白いのか、ブランはしょっちゅうメグを追いかけ回していた。大抵の場合、メグはドタバタと右往左往したのち、ブランに甘噛みされて「ギャウッ!」と悲鳴を上げ、「やめてって言ってるのよっ!」と癇癪的な威嚇音を吐いて終わるのだった。私たちはハナのときと同じようにメグも擁護するのだが、毎回慌てふためいているメグの様子を見るにつけ、
「体型の割に気が小さいんだから」
「デーンと構えていればいいのに」
などと滑稽に感じたりもしていた。

サスケは堂々としたもので、ブランに気を遣ったり避けたりすることはない一方、ブランがおちょくった態度を取ろうものなら、「わきまえろよ」と言わんばかりにブランの額を片手で押さえ、じっと見下ろしていた。最初のうち、ブランはサスケの手を払ったり噛みついたりしてどうにか気を引こうとしていたのだが、ハナやメグのような反応が返ってこないので、
「どうやら自分の思惑通りには構ってもらえないらしい」
と理解したようだった。
ブランは先輩ニャンズのことを、
ハナ=お坊ちゃんでチョロい(甘える相手)
メグ=ちょっかいを出すと大騒ぎして面白い(遊び相手)
サスケ=大人しくしていれば害はない(何かあったら盾になってもらう相手)
とでも思っていたのではないだろうか。
私の友人にブランの写真を見せたとき、彼女は
「白いってだけで可愛いよね~」
となぜか溜息をついていた。あざと可愛いとはブランみたいな女性のことを言うんだろう、きっと(ブランは白くなろうとしてなったわけではないけれど)。

成長したブランは、家族にも先輩猫にも少しばかり節度を保てるようになった。それでも、母だけにベッタリなのは相変わらずだった。飼い猫は家か人につくそうだが、先住の3ニャンズが家についたのに対し、ブランは母についたと言えるだろう。
母がお風呂掃除をしていたら、突然背後からボチャーンと浴槽に飛び込んだり、トイレに入ったらドアの前で出待ちしていたり、夜はいつも一緒に寝ていたり。これらの猫ストーカーあるあるはもちろんのこと、母の胸に顔をうずめて服をチュパチュパと吸ったりするなど、本当に母を親だと思っているかのようだった。
私がインターンのために家を空け、1年ののちに帰国した際、ニャンズはどんな反応を示すのだろうと、恐る恐る玄関の扉を開いた。真っ先に姿を見せたのは、意外にもブランだった。しかも私のことを覚えている様子で、「どこ行ってたの?」とすぐ側に寄ってきた。
出迎えられるとは思っていなかったので、1年間のブランクのこともあり、
「おおお~、ブラン!ただいま~!」
と抱き上げようとしたところ、フイッと避けられてしまった。
ツンデレにやられるとは、こういうことか!
やっぱり、ブランはあざと可愛い子だ。
改めて認識した出来事だった。

メグが21歳を迎える前に別の世界の住人となってしまったため、ブランが20歳を迎えたとき、メグより長く一緒に過ごせたらいいな、と家族の誰もが願っていた。
かつては幅3cmほどの衝立の上でバランスを取ったり、母の肩によじ登ったりしていたけれど、さすがに20歳ではソファーに上がるのも一苦労だったから、ブランが上りそうな場所には、階段状に箱やら椅子やらを置くようにしていた。

ブランの健康を蝕んだのは、歯周病だった。毎年病院で健診を受けていて、口腔内も診ていただいていたのだけれど、あるとき一気に悪化した。それが高齢になってからだったので、抜歯できずにいた。歳を重ねると麻酔から目覚めないまま亡くなってしまうケースがあるため、手術には踏み切れず、治療を続けた。
動物霊園の方が、ブランの骨を「標本のように立派だ」とおっしゃったそうだけれど、骨も内臓も、20歳とは思えないくらい健康だったようだ。歯のことをどうにかできていたらもっと長く生きられたのではないか、と、やり場のない気持ちが押し寄せてくる。
特に母は、ブランが特別懐いていたものだから、
「ブランの鳴き声が聞こえたような気がする」
とか
「足元をブランが横切ったような気配がした」
とか、気持ちの折り合いがつけられずにいるようだ。そういうときは無理に区切りをつける必要はないだろう。側にいたのかもね、と受け止めることで、この遣る瀬無い思いも少しは軽くなるのかも知れない。

数日前から右下の親知らずがうずく。他の3本はまっすぐに生えていたのですでに抜歯済だが、この1本だけは曲がっていて、抜くときは大変ですよと言われていたので、つい放置していた。左下を抜いた際、笑っちゃうほど腫れた(歯医者でときどき見かける、虫歯が腫れた人の画くらい)ので、またあんな風に膨れ上がったらイヤだなぁ、と躊躇したということもある。
ブランの歯周病のことを思うと、早めに抜いたほうがいいんだろうな。4本のうち1本だけがやんちゃに生えたというのも、何だかブランを連想させる。
気持ちの折り合いがついていないのは、私も同じなのかも知れない。

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