猫話~始祖猫グレイからの系譜~

私が社会人になる前、実家の庭にときどき野良猫ちゃんが姿を現していた。
そのうち、シルバータビーの猫が長いこと寛いでいくようになった。最初に見かけたのは、洗濯物を干すためにベランダへ出たところ、物置の上でひなたぼっこしていた。すらっと長くしなやかな体躯をして、隈取された大きな目には微かな憂いを秘めていた。私たち家族はその猫を「グレイ」と呼ぶことにした。

来たばかりの頃はスリムだったグレイのお腹が大きくなったと思っていたら、やがて子猫を連れて来た。隠れ場所が多い我が家の庭を、他よりはまだ安全だと思ったのだろう。辺りが暗くなり、周囲にそれだと気付きにくい時間帯に、子猫の首元をしっかりとくわえ、1匹ずつ運んで来た。
グレイは物置の裏とかエクステリアの下など、人間だけでなく鳥などの外敵からも身を守れそうな場所に潜伏した。とはいえ、いつもじっとしているわけではなく、子猫を置いて毎日どこかへ短時間出掛けていた。その間、子猫たちが庭の草木でじゃれ合う姿を目撃した。最初のうちは恐る恐るという感じだった子猫も、いつしかドタバタと庭内を走り回ったりするようになった。そうなってから分かったのは、グレイが連れて来た子猫は6匹ということだった。
グレイは私たちが眺めていると、すぐに子猫を呼び寄せ、姿を隠してしまう。我々はこっそり見守るつもりだったが、ある日の朝、母が雨戸を開けたとき、グレイと鉢合わせてしまったらしい。その日1日、グレイ一家はまったく姿を見せず、夜が更けてきた頃、彼女はまた1匹ずつせっせとどこかへ運んで行き、別の隠れ家へ移ってしまった。
他のところは安全なのだろうか、雨露はしのげているだろうか、などと心配していたら、数日後、グレイ一家が戻って来た。そのとき、子猫は4匹になっていた。
グレイはそれからも何度かすみかを変えたが、また我が家の庭に戻るを繰り返し、いつしか長期間滞在するようになった。相変わらず、雨戸が開くと一家は蜘蛛の子を散らすようにサササッと隠れてしまうが、ご飯を置いておくと食べてくれるくらいには慣れてくれた。
日々我が家でご飯を食べるようになった頃、いつものようにグレイが1匹で外出したのち、戻らなかった。事故にでも遭ったんじゃないかとハラハラしながら待っていたが、再び姿を見せることはなかった。ここなら子猫がお腹を空かせることはないだろう、と預けていったのだ、と私たちは考えることにした。

その4匹の子猫を、私たちは「しっかりちゃん」「ほくろ」「ロンパリ」「目腐れ」と呼んだ。しっかりちゃんはともかく、それ以外はひどい名前だ。見た目そのままにしたわけだが、北海道出身の友人が、
「アイヌの名付けみたい!(アイヌでは幼名があって、不潔な名前にすると病気にならないと言われているらしい)」
と言ってくれたので、そういうことにしておいた。
※手前が我が家のハナ。窓越しに見えているのが、左からほくろ・しっかりちゃん・ロンパリ。

4匹は姉妹で、それぞれが子猫を産んだ。大所帯になったうえ、病気持ちと見受けられる子猫が数匹いた。猫たちの体調や今後のこともあり、この4匹のうち、目腐れ以外の3匹には、避妊手術を施した。捕獲ケージがなかったので、ご飯を食べているときに母と私2人がかりで捕まえた。
1匹を捕らえるとみんな警戒するし、不安にさせてしまうと思い、1~2週間おきに1匹ずつ捕獲し、病院へ連れて行った。驚かせてしまって申し訳ないとは思うが、今後のためにも病院で検査してもらい、手術しておいたほうがいいと結論づけた。
捕まった3匹はそれぞれ抵抗し、暴れ鳴きわめいた。ほくろはとりわけ気が強く、病院でバスケットから飛び出した直後、看護婦さんの腕に3本の深い傷を負わせた。
目腐れはほかの3匹が捕まる様子を目の当たりにしていたので、次は自分だと予想していたのか、捕らえる前に我が家を離れた。子猫は連れて行かなかった。
目腐れが出て行ってからしばらくして、しっかりちゃんが子猫を1匹連れて出て行った。
4匹はまとまって子猫を育てていたので、1匹の母猫が不在の間は、他の3匹が代わる代わる子猫の面倒を見ていた。そのため、私たちにはどの子猫がどの母猫の子どもなのか、正確には分からなかった。とはいえ、猫だって自分の子どものことはきちんと認識しているのではないだろうか。だから2匹が出て行ったとき、目腐れの子猫はもういなくて、しっかりちゃんには1匹だけ残っていたという状況だったのかも知れない。生まれたときは十数匹いた子猫も、早世したり姿を見せなくなったりして、かなり数を減らしていた。
※プランターに入った子猫たち。数えてみたら、7匹いた!


どうして行っちゃったのかな、ご飯の心配もしなくていいのに……と私たちは不思議であり寂しく思ったが、4家族で暮らすには狭いし、集団で生活していると外敵に狙われやすいと思ったのだろう、と考えることにした。

そののち、我が家に残ったほくろとロンパリの子猫を1匹ずつ、家の中に迎えた。
それがメグとサスケである。この2匹は小さいうちに避妊・去勢手術を施し、誠に人間の勝手ながら、家猫として外には出さない生活を強いた。
4匹の母猫が産んだほかの子猫たちもできる限り病院へ連行し、手術を受けてもらったが、目腐れのように何かを察して離れて行ってしまった子猫もいた。
ただ、目腐れやしっかりちゃんはその後庭に訪れることはなかった一方、4匹の子どもや孫と思われる猫たちが次々と顔を見せるようになった。4匹家族のように庭で生活することはなく、気が向いたときにふらっと現れていたので、どこかの飼い猫になっているのかも知れなかった。
首輪などをしておらず、我が家に懐いてくれた猫たちは、母が役所でケージを借りてきて捕獲し、術後に地域猫として登録した。

今、庭には3匹の猫がやって来るようだ。この子たちも、始祖ネコであるグレイの系譜と思われる。この3匹にも、地域猫になってもらった。
それぞれ、カイくん、ゆきちゃん、クロちゃんと母が名付けた。今更ながら、かつての4匹はひどい呼び方だった。でも、それぞれが元気に成長してくれ、子孫も訪れるようになった。
だから、心の中では済まないと思いつつ、4匹の名前の理由を聞かれたときには、アイヌの名付けを参考にしたんだよ、と友人の言葉をちゃっかりいただいて今でも説明している。

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