フランス手話でご挨拶・番外編~東京デフリンピック~
11月に東京で開幕するデフリンピック。大会期間は11月10日(月)~11月28日(金)となっていて、今月末までボランティアを募集中である。
応募要件を満たしていて、留意事項などへ同意したうえで、1日5~8時間程度の活動を原則3日間以上対応可能であれば、手話ができなくても応募できる。活動日は連続した日程でなくてもOKで、土日祝日のみも可となっていた。
日頃からボランティアをしているわけではないし、ほんの数か月間フランス語の手話をカタコトで交わしたことがあるだけで、日本語の手話は未経験。役に立つどころか迷惑を掛けてしまうかも……という消極的な発想から応募を躊躇していたけれど、抽選だからダメだったら落とされるでしょう、とひとまず申し込んでみた。
インターンから帰国後、ニコの友人である日本人男性のCさんと2回ほどお会いした。
ニコとCさんはインドネシアで知り合い、手話を使用されている共通の友人を通して仲良くなったようだ。Cさんはお父様が聾唖の方で、彼自身は健常者であるため、私のように手話ができない人とは声で会話してくれる。
私がCさんと初めてお会いしたときは、日本に滞在しているインドネシアの聾唖の男性(ニコとCさんの共通の友人とは別の方)もいらしたので、Cさんは男性の手話と私の声をそれぞれ通訳してくれた。話が弾んでくると声のトーンが高くなったりテンポが速くなったりするように、手話でも手や指の動きが大きくなったり活発になり、顔の表情も目まぐるしく変化する。私は彼らの動作を眺めていたが、2人の手指と表情が映像を早送りしているようにどんどん進んでいくものだから、視線すら追い付かず、Cさんが通訳してくれるのをボケッと待ってしまった。
2回目にお会いしたのは、Cさんが所属するデフバスケチームの試合を観戦しに行ったときだ。花粉が飛散している時期で、私はアレルギー症状から、目鼻をぐしゅぐしゅさせていた。そんな状態で、ハンカチを口元に当ててCさんと話していたところ、チームの男性がCさんに近付き、手話で何か話しかけた。私には意味は分からなかったけれど、2人の顔の表情や態度から、男性が何か軽口をたたいたようだと悟った。
「彼は僕がシホさんを泣かしていると言ったんですよ」
チームの男性が場を離れてから、Cさんは笑いながら私にそう通訳してくれたので、私も、ああ、そんなことを言っていたんですか、変な誤解させちゃいましたねぇとか何とか受け流したのだった。
バスケの試合に関しては、まず、雪の中の決闘というイメージが頭に浮かんだ。キュッキュッというシューズと床の摩擦音に、バシンとかボスッという体躯の衝突音。声援を送れなかったのは、彼らには聞こえないからというだけではなく、研ぎ澄まされた緊迫感が私にも伝わってきて、息を殺していたせいでもある。勢い余った選手が吹っ飛んで来たらぶつかってしまうくらい、コート間近で試合を観戦していたため、蒸発する汗が陽炎のように立ち上っているのが見えた。
青い炎の試合だ。
表面的には分からないけれど、熱が伝わってくる。目力も半端ない。どう動くのか、何をしたいのか、一瞬を逃さないように素早くアイコンタクトを取っている。これは体力だけでなく、集中力も鍛えなくては1試合もたないだろうな、見ているだけの私でも疲れてしまうもの、などと、選手になった気分で試合観戦したのだった。
デフバスケの試合でも、休憩やハーフタイムに行われるパフォーマンスがあるようで、私が観戦したときは、手話歌唱が行われた。確か、イルカさんの‟なごり雪”だったと思う。録音された楽曲を歌詞つきで流し、女性パフォーマーが音楽に合わせて手話で歌詞を歌い、踊るのだ。音が聞こえないはずなのに、曲とダンスがズレていないところにまず驚いた。Cさんがおっしゃるには、歌詞の手話も流している録音とタイミングが合っているらしい。彼女たちは歌詞が分かるように、手指をきちんと観客側に示しながらジャズとかヒップホップの類(ダンスのことはよく分からないけれど、バレエとか日本舞踊ではなく、現代風な振付だった)を踊った。私は彼女たちのリズム感に感心し、パフォーマンスに観入ったことを覚えている。
試合後のミーティングにもお邪魔させてもらった私は、監督の言葉に感銘を受けた。
「自分の機嫌は自分で取れ」
ああ、ホントそうだわ、試合で相手の反則とか審判のジャッジとか、日常生活でも理不尽な体験とか社会の不条理とか、様々な不満に対してまず自分自身をコントロールできなければ。
選手たちに発せられた言葉だったけれど、私に対しても向けられているように感じたのだった。
あれから20年ほど経過しているけれど、もしボランティアに当選したら、デフリンピックの会場で懐かしい顔と再会することがあるかも知れない。
そんなことも考えて応募したわけだが、手話のことを本当に何も知らない私。かつてニコは、国が違っても手話での会話はだいたい分かると言っていたけれど、デフの世界大会において、共通語を使用するとしたらやはり英語になるのだろうか?日本語手話の経験はゼロだし、フランス語手話もかなり忘れてきてしまっている。そんな状態では英語手話まで手を伸ばせないんじゃないか、私?とはいえ、初心者ということに甘えていては何のためのボランティアだよ、ということになってしまうので、今から少しずつ予備知識くらいは身につけておこう……。