フランス・素敵な手作りの贈り物~ラシェルから~

ラシェル一家は手先が器用だ。ラシェルは料理全般が得意だし、お裁縫や編み物で身の回りのものを作っては、日々の生活を彩っていた。ご主人のローランドは娘のために一人練習用の卓球台を作ったり、ご自宅の壁をくり抜いた造作家具など大がかりなDIYもお手の物。娘のベリンも、紐やゴムを結ったキーホルダーや箸置きのようなオブジェを作っては私にプレゼントしてくれた。
ラシェルは庭に花や野菜を植えたり、苗を鉢で育てたりしていた。彼女の家に招かれると、焼き菓子の甘い匂いや、鼻にすっと抜ける爽快なラヴェンダーの香りが漂い、住まう人の温かな空気で溢れていた。
1月になると、ラシェルはガレット・デ・ロワを2種類焼く。1つは南フランスで一般的なブリオッシュタイプ。もう1つは、彼女の故郷であるブルターニュなど北フランスで一般的なパイ生地タイプだ。ラシェルは慣れ親しんだパイ生地タイプに思い入れがあるようで、
「この間は南のを食べてもらったけど、私のふるさとのも食べてみて!」
と2度にわたって振舞ってくれたくらいだ。
「今日はパイシートを使っちゃったけど、いつもは生地から作るのよ」
こんがりパリッとつややかに焼きあがったガレット・デ・ロワを片手に、ちょっと済まなさそうな表情を見せるラシェル。手間の掛かる作業を厭わない生活をしているから、お客を招いたのにパイシートを使ったことを申し訳なく思っているようだった。私だったら、手抜きではなく時短と割り切ってしまうところだ。
ごまかしてもいいようなことまで打ち明ける実直さを持つラシェルは、贈り物にも相手をさらに喜ばせるような心遣いを加えていた。

彼女は庭で採れたラヴェンダーをポプリにしたりエッセンシャルオイルにしていて、家庭で日常的に使用していた。彼女のお宅に泊まると、枕やクローゼットがほんわりとその香をまとい、私を出迎えてくれていた。
リラックス効果を得るためだけでなく、虫よけとして使用されることも多いフランスでは、ドライフラワーにしたラヴェンダーを玄関や窓辺に置いたり吊るしたりしている家庭を目にした。帰国後に観た映画『プロヴァンスの贈り物』では、サソリよけとして乾燥ラヴェンダーが窓際に置かれていた。虫よけというから、蚊やハエなどを想像していたのだが、サソリにも効くの?(そして、出るの?)とびっくり!滞在中に見かけなかったのは、生活圏がそこまで山奥でなかったからなのか、ラヴェンダーのおかげだったのか。いずれにしても、知らぬが花で過ごせて良かったと胸を撫でおろした記憶がある。
生活していたときには蚊やハエ、そして一番遭遇したくないGを想像していた私(サソリよりこっちの方がイヤ)。南仏にもGがいるのかしら?いるとして、Gにも効くのかしら?
調べたところ、効果があるようだったので、ラシェルにお願いしてドライフラワーの束をいくつか頂いた。彼女はプロヴァンス柄の布を短冊状にして、リボンのように巻いてくれた。
併せて、ラシェルはエッセンシャルオイルもプレゼントしてくれた。ここでも、プロバンス柄の布を蓋にあしらっている。瓶には手書きのラベルまで貼ってくれていた。こういった彼女のちょっとした気遣いが、いつも私の心をじんわり温かくしてくれる。これだけでも充分細やかな思いやり溢れる対応だと感じていたのだが、帰国の際、彼女は私の想像をはるかに超えた贈り物を用意してくれていたのである。

ラシェルが作るサシェは、毎回柄の異なるプロヴァンス生地でふっくらと包まれていた。紺碧色に麦の穂、緋色にオリーブの実、向日葵色にセミなど、どれも地域の特徴を捉えた柄だ。彼女は「日本だと手に入りにくいだろうから」と、タッパーいっぱいにポプリを作ってくれた。他にも、ラシェルはサシェをレース編みのドアノブカバーに入れて、一層華やかにしてくれた。彼女は「飴入れにもできるわよ」と言ったが、芸術的なその贈り物をそんな風に使うのは気が引けたので、飾って眺めるだけにしている。今では丸型のドアノブが廃れつつあるから、こういった柔軟な発想には感銘を受けた。それに、一緒にお菓子を作ったときの思い出としてプロヴァンス生地でエプロンも作ってくれたし、何とブルターニュのお母様に頼んで、刺繍入りのテーブルクロスまで持たせてくれたのだ。事前に好きな色を聞かれ、何のことか分からずに答えていたのだが、好みの色で一針一針丁寧に形作られた刺繍には、心底感激した。花嫁道具にする!と思って厳重にしまっているのだが、使う機会がないまま、タンスの肥やしと化している(何て非礼だ!)。でも、嫁に行けたとして、ドアノブカバーと同じく使うのは大層気が引けるほど素敵な贈り物なので、眺めるだけになりそうなのだが。

私が過ごした街では、土産物店などでもたくさんのラヴェンダー商品が売られていたが、ラシェル宅のそれは既製品より香りが長持ちしている気がする。
「サシェを揉むと、香りが復活するのよ」
ラシェルから言われた通りに掌の中で2・3回くしゅくしゅとし、鼻を近づけてみる。帰国から17年が経つにも関わらず、頂いたサシェからはすっきりとしたアロマを感じ取ることができた。
人の手で丁寧に作られたものは、長持ちするし長く使いたいと思わせる。自分もそういうものを作りたいし、ラシェルのような生き様をしたいものだ、と改めて思うのである。

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