フランスの日常生活~教員部屋~
フランスでは新学期が始まって1か月が経過した9月末。月初は、ラグビーW杯の開幕戦で、レ・ブリュ(les bleus;フランス代表チームの愛称)がオールブラックスに勝利したというニュースが席巻した。ニュージーランドが一次リーグで敗れるのは大会史上初ということらしい。個人主義と言われるフランスにおいても、歴史的勝利に国民が沸いたと聞いている。今回のレ・ブリュには、1998年にサッカーW杯でフランスが優勝したときのような勢いを感じる。自国開催はいつも以上に選手の力を引き出すというから、最高潮に達する前の助走段階といったところか。次のステップは、10月7日のイタリア戦。来年にはパリオリンピックを控え、国中が盛り上がるなか、このままの勢いで勝ち星をあげて欲しいところである。もちろん、日本にも!
私がインターンをしていた高校の教員部屋でも、2人寄ればおしゃべりに花が咲いていた。今年の新学期も、いつものようにヴァカンス話でかしましくしたあと、このフランス勝利の話題でもちきりになったことだろう。私は初めて教員部屋へ足を踏み入れたとき、学校に出店しているカフェかと思ったくらいだ。そりゃ、おしゃべりしたくもなりますわね。お洒落だし大きな窓からは日差しが充分に差し込む明るくて解放的な空間。もちろん、授業の準備をしている教員も中にはいた。熱心な老齢の男性教員が、誰にも邪魔されない端っこの席で、静物画のモデルにでもなったかのようにじっとして資料に目を通していたり。事前準備を怠った若い女性教員が、撒き餌に群がる鯉のように、目を見開いてせわしなく動き激しい音を立てながら、コピー機の前で悪態をついていたり。
「(バン!とコピー機を叩いて)紙がないわよ!」
(そりゃ、あなたがそんなに大量に使用したら、いつかはなくなるでしょうね)
「(ガチャ!とトレイを引いてボン!と紙を投げ入れ、バタン!とトレイを閉めたのち)紙が詰まった!」
(さっき、トレイにセットするとき、ずいぶんと雑に紙を入れたせいじゃないですか?)
「(詰まった箇所の蓋を開けて腕を入れ)手が抜けない!」
(どうやったらそうなるの?)
他の教員は危うきに近寄らずといった体で遠巻きに見ているだけだったので、
「どうしたの?」
と一応声を掛けてみる。
「アクセサリーが引っ掛かったのよ!ほら!」
(私を睨まなくても……)
蓋の中を覗いてみたところ、ブレスレットが機械に挟まっていた。
「引っ張っても動かないのよ!」
(力技かい~。コピー機が壊れちゃうよ?)
私が横から手を入れ、挟まっているチェーンをそっと上下左右に動かしてみる。
「もう、引きちぎるしかないんだわ!」
(今対処しているから、短絡的な発言やめて)
少し強めに下に引いてみたところ、チェーンが外れたので、
「ほら、もう大丈夫」
と笑って見せた。
この若い女性教員は、普段私とは口を利かないし、私が教員部屋でお茶会を催したときも邪魔だというような発言をしていた人で、バツが悪かったのか、
「あ、あら……」
と途端に大人しくなり、その場から立ち去ってしまった。
(‟ありがとう”を言ってくれてもよくってよ!)
肩をすくめて振り返ったところ、中年の男性教員が「良くやった!」と言わんばかりに親指を立ててニカッと笑った。私もちょっとスッキリした気分になり、同じように親指を立てて笑顔になれたのだった。
こんな風に過ごしてきた教員部屋をご紹介。
廊下に面して入口があり、奥が校庭に面した窓になっている。入口左側の壁際に教員1人1人のロッカー(といっても、日本の学校の下駄箱くらいの大きさ)があり、ロッカーの右横にコピー機が置かれている。入口右側には衝立があって、衝立裏にソファー席が、奥の広いスペースにカウンター席とテーブル席がある。
ほとんどの教員がコーヒーを飲むので、コーヒーメーカーが1台と、たま~に紅茶党の人もいるので、ティーパック用に湯沸し器が1台ある(私はお茶会のとき、この湯沸し器を使わせていただいた)。コーヒーはすぐなくなるので、気付いた教員がメーカーにセットする。日本だと、誰かが淹れるまで待つ人もいたりするけれど、フランスではこの手間を嫌がる人はほとんどいなかった。気を利かせて、カウンターテーブルにカップなどを椅子の数だけ配置する人もいた。
一方、後片付けについては個人差があり、使用したものを自分で洗う人とシンクに残したままの人がいた。片付けられていないカップがあるとき、それはそのままにして自分の分だけ洗う人もいれば、自分の分のついでに洗っている人もいた。私は後者だったが、洗っている最中に何も言わずどさくさに紛れてささっと置いていく教員もいたりして(そして、それはいつも同じ人)、やれやれ、淹れるのはいいけど片付けはおざなりになる人もいるのね、そこは日本と同じなのね、とシンクに置かれていくカップが増えるのを見ながら思ったりしたのだった。
日本で教育実習を行ったとき、職員室は授業の準備とかテストの採点とか生徒指導とか、仕事の空気に満ちていて、一息つけるような雰囲気ではなかった。グレイッシュトーンで蛍光灯が光っている部屋という印象が残っている。実習生だし、いつも遅くまで残っていたわけではなかったように思うのだけれど、思い出すのは昼間ではなく薄暗くなってからのイメージだ。
そういえば、実習生用の部屋も用意されていて、確か会議室のような場所だったと思うのだけれど、職員室より明るかったように覚えている(壁が白かったからかな?)。授業が終わると、生徒からの質問に答えられなかった~凹む~とか、こんな話をしたらウケた!とか、科目は異なるけれど実習生同士で体験した出来事を話し合った。生徒が訪ねてくることもあったりして、そしてそういうときは職員室よりも気軽な感じで、あのさ先生、ちょっと聞きたいんだけど、なんて言葉を耳にするとちょっとくすぐったくて、にらめっこをガマンするときのように緩みそうになる顔を引き締めようとしていた(私が聞かれたんじゃないんだけれど)。
フランスでは教員部屋への生徒立ち入り厳禁だったから(教員の許可がないと入れないし、なぜだか分からないけれど、教員は滅多に許可していなかった)、日本とフランスでの居室のルールの違い、例えば自宅でも両親の寝室には勝手に入れないみたいな、大人だけの空間といったものを、この教員部屋についても感じたのだった。こんなにカフェっぽかったら、日本だと
「先生、仕事してないだろ」
って呆れられそう。フランスでもそう思われないために、むやみに入室を許可しないのかも?