フランスの日常生活~プロム~
私がフランスのインターンで経験したこと、これをプロムと呼ぶのかどうかは分からない。予備知識として私が把握していたのは、プロムは英語圏のイベントということだった。だから、1年を通して高校行事に携わるという心積もりで渡仏していたものの、フォーマルドレスを着用するような催しがあるとは思っていなかった。
着物は持参してきたのですけれど、ね。
フォーマルとして問題ないとか、私は踊らないからとかいう話ではなく、プロムで和装は浮くよ……。悪目立ちはしたくないし、学校で着替えるにも着替えて学校に行くにもどちらも厄介だと考えた私は、選択肢から着物を外した。それは覚えているのだけれど、あのとき、私は何を着たんだっけ?
卒業を控えた最終学年の生徒主催で、5月末にダンスパーティーが開かれることを、私はチューターのマリーから聞いた。当時ホームステイしていたRDP家の三女が3年生で、食事どきの会話などから、どうやら彼女は実行委員をしているようだった。
三女はドレスを自作するらしく、デザインや丈などをマダムに相談していた。パーティーまでの期間、真剣な眼差しでミシンと向かい合う彼女を幾度となく見かけたものだ。時には泣きそうな表情を浮かべていることもあり、思うようにはかどっていないのだろうかと心配になった。そんなときはマダムが手助けしようとするのだが、三女は頑なに受け付けなかった。5人の子どもの中では一番自由気ままに振舞って見えるけれど、家庭内の機微に敏感で、場が和むようさりげなく気を遣うような女の子だった。マリーが、私のステイ先変更について相談を持ち掛け、ご両親に話を通してくれたのも、この三女だった。面白いことを言って周囲を笑わせるなど、普段はひょうきんな態度を取ることが多い彼女が、
「これは私一人でやるから!」
と激しい口調でマダムの申し出を断った姿勢からは、自分一人でやり遂げるのだという強固な意志を感じた。
そして当日。
スーツやドレス姿の3年生と教員が校庭に集まっている様子は、もはや学校のイベントという感じではなく、クラブの入り待ちという雰囲気だった(私はクラブとか行かないので、イメージに過ぎないのですが)。基本はフォーマルな装いが好ましいのだろうが、普段着の人もいたから、クラブに集まる人との違いがあるとすればそんなところ(これも私の勝手な想像です)?
驚いたことと言えば、黒に身を包む女性が圧倒的多数だったこと。フランス女性はリトルブラックドレスの着用率が高いとは聞いていたけれど、これほどとは~。見事なまでに黒・ブラック・ノワール!
そんな中にあって、三女は光沢感のある緋色のドレス。頑張った甲斐があって、胸元の切り替えとか、長い首や白い肩をより一層綺麗に見せるデザインとか、とても似合っている。クラシックな顔立ちだから、無造作なまとめ髪でも品がある。足元が裸足なのはご愛敬。こういうフォーマルスタイルにヒールなしどころか靴ナシでも気にしない大らかさが、彼女の素敵なところだ。以前、このサイトの『ある日、「誰も気にしないわ」』でも書いたけれど、裸足であることに眉をひそめた教員もいた一方、こんなの普通でしょ、と個性を尊重する教員が多数を占めた。こういう環境で成長できるのは有難いことなのかもな、とふと思った。
三女の両隣は教員。こちらもこのサイトの『ある日、キラキラネームを考える』で登場した、ヴァレリー(右)とダニエル(左)。ヨーロッパの女性は年を重ねるほど魅力が増すという話を聞いたことがあるけれど、確かに教員の女性陣、迫力があります(笑)
メイン会場となる体育館では、舞台で演奏される楽曲や、その合間に流されるCDの曲に合わせ、みんな思い思いに頭や手足を揺すっていた。音響担当の生徒は、演奏者と打ち合わせしたり舞台やフロアに引いてある配線を整えたりと、せわしなく動くついでに踊っていた。
若手男性教員4人がギターを演奏したときは、ファンを装った(あるいはガチ?)女子生徒が黄色い声援を浴びせていた。
また、プレコス(早熟、つまり飛び級した)の生徒の演奏では、サックスの男子生徒が演奏も格好もかなり気合を入れていて、注目を集めていた。日本語にも興味を持っていた彼は、独学で勉強していたようで、一度私に比喩表現について質問してきたことがあった。選択授業は2年生までのため、彼は私のクラスに参加できなかったのだが、わざわざ声を掛けてくれたので私も覚えていた。彼は日本だったら中学生の年齢で、頭脳に対し身体の発育が追いついていないという理由から、高校3年間の学問を修業したにも関わらず、大学入学をしばし見送らなければならないとマリーが教えてくれた。それは、留年扱いということ?飛び級したのに留年?本人に選択する権利はあったのかな?彼と同い年のプレコスで身体つきが大きな男子生徒は、その年の9月に大学へ入学することが決まっていた。進学の可否について、大人の判断と制度の狭間に翻弄され、見送る方の彼は穏やかではいられなかったのではないかなどと余計な心配をしてしまう。
演奏後、彼はフロアに下り、同伴していた彼女(小さくて可愛らしい女の子で、私には中学生以下に見えた)と軽快にステップを踏んでいた。
ううむ……。彼のダンスを見て、私は複雑な心境になってしまった。やたら場慣れした感じで堂に入って踊っている他の3年生は、大人の気配が漂い、教員と比肩する。一方、彼はうまいのだけれど、この場では砕け過ぎというか、ストリートダンスをしているような若々しさが残る。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でのマイケル・J・フォックスが、ご両親の結婚のきっかけとなるダンスパーティーでロカビリーを演奏したときみたいな。
頭脳は高校3年生でも、身体は中学生。彼の身長は私と同じくらいだったし、線も細かったから、身体の成長度合いから大学進学を大人が懸念したのは、致し方ないことなのかも知れない。
終盤になり、参加者はフロア全体を使って円陣を組むように踊り始めた。生徒主体だからなのか、教員のノリはお世辞にも控え目とは言い難い。むしろ、3年生よりも楽しんでいませんか?!
閉会の言葉の中で、司会者が三女の名前を挙げ、みんなが彼女に拍手を送った。彼女は恥ずかしそうにしゃがんで姿を隠してしまったけれど、このパーティーに人並みならぬ情熱を注ぎ、貢献してきたのだろう。進行はスムーズで、演奏者の入れ替わりで間延びすることもなかった。私は踊らなかったけれど、カメラを構えて見て回るだけでも充分楽しめたのだった。
これをプロムと呼ぶのかどうかは分からない。
学校内のダンスパーティー、ただそれだけのことかも知れない。
修了式も卒業式もない彼ら高校3年生にとって、大学に進学するもしないも、年齢も身体の大きさも関係なく、このイベントで高校生活を締めくくるということが、成長過程に一区切りをつける儀式なのかも知れない。