ショコラホリック、チョコから目を背ける
チョコレートの季節がやって来た。私の場合は毎日だけど。
街中でもテレビでもネットニュースでも、この時期チョコレートに関する情報を見かけない日はない。ここ3年のコロナ禍では、人が集まるイベントは開催を見合わせたり縮小されていたが、今年はいたるところでヴァレンタインフェア開催中。14日直前の今週末などは、大勢の人が思い思いのショップの前に列をなしているのだろう。
2月は猫の日もあり、私は財布の紐が緩みがちである。情報を見聞きすると欲しくなってしまうからやめておこうと思いつつ、時間があるとスマホの検索画面を開いてしまう。
調べてしまったら最後、気になるものがとめどなく出てくる。全部試したくなるけれど、それじゃあ散財し過ぎでしょう、と何をやめるかで頭を悩ませる。最初にいくらまでと決めておかない限り、全てに手を出してしまいそうだ。ネット販売で残数が表示されたりしていようものなら、勢いでポチッとしてしまう可能性もある。
(今年は検索しない!)
そう心に決め、チョコレート情報から目を背けてきている。
お店に入って実物を見てしまったとき、何をやめるか即断するって難しい。私の場合は、かも知れないけれど。
数年前、友人を家に招いた際、お茶請けならぬコーヒー請けとしてチョコレートをいくつか用意することにした。個人的には、ダークカカオで、パレドールのようなシンプルなものが好みなのだが、それじゃあちょっと普通過ぎるかしら、とお気に入りのパティスリーに併設されたショコラトリーで購入することにした。こちらのお店のものは、味もさることながら、他ではあまり見かけないような珍しいフレーバーや、表面に鮮やかなデザインが施されているものがあり、二度三度と楽しめる。さて、何種類くらい頂くことにしようかな?とショーケースを見渡し、私は困ってしまった。
(う~ん……。全部試したい!)
チョコレートでは口にしたことがないフレーバーが想像以上に多い。マヌカハニーはそのものを食したことはあるけれど、チョコフレーバーとしては初めてだ。ポルチーニって、香りだけ?味もするのかな?雪室で貯蔵した日本酒って、チョコと合わせるとどうなるの?他の日本酒との違いってどういうところ?たまり醤油はみたらしみたいな甘じょっぱいものを想像するけど、どんな感じなのかな?
「あの……。写真って撮っても大丈夫なんでしょうか?」
私が選ぶのを待ち構えていた店員さんに声を掛けてみる。気になったけど今回は買わないものを次回購入するときのために、チョコの形とフレーバーを覚えておきたいと思ったからだ。
「申し訳ありません。撮影はご遠慮していただいております」
身を乗り出してきた店員さんがまた姿勢を戻す。
確か2月ではなかったと思うが、週末なので他にも数名のお客さんが順番を待っていた。これ以上、ウダウダと決めかねていては申し訳ない!
「えっと、それじゃあ、全種類ください」
何て優柔不断な!
『名探偵ポアロ』のTVシリーズの中で、ポアロ(デヴィット・スーシェさん)が休暇前にショコラトリーでチョコを数粒選ぶシーンがあり、こういう風にワクワク悩みながらささやかな贅沢をするっていいよなぁ、なんて思っていたのに。
ただのショコラホリック、このオトナ買いは我ながらダサい。
話は逸れるが、私は普段買い物が早い。お目当てのお店へ一直線・購入したら帰宅、という感じなので、購入目的がないのにお店をブラブラするのは、友人との待ち合わせなどで時間を潰すときくらいだ。そのため、買い物慣れしていないというか、気になる商品がいくつかあったとき、じっとその場で考え込んでしまうことがある。こういう客がいる場合、恐らく、店員さんは警戒するのだろう。気付くと、横で申し訳程度に棚の整理などをする店員さんに張り付かれている。私は大抵大きな鞄を持ち歩いているので、警戒されても仕方がないのかも知れない。でもそうなると私は、無性に落ち着かなくなってしまう。早く選ばなきゃ、とか、買うのでもう少し待って!とか考えてしまうのだ。できればじっくり商品を選びたいが、お店からしてみたら私がどんな客なのか分からないわけだし、警戒するに越したことはないのだろう。順番待ちをするような買い物の際は、他のお客さんもいるし、早く選んで欲しそうな雰囲気を店員さんが醸す前に選ばなきゃ、とすぐ決断したりするのだけれど。
……などという言い訳をベラベラと説明してきたが、要するに、今回のオトナ買いは、じっくり考えて選びたかったけれど順番が来たから自分でも思い切った決断をしちゃった。そういうことです。
自分ひとりで食べるわけじゃないし、と散財の言い訳を唱えて自分自身を納得させようとする。まあ、全種類頂いたのであれば、試してないフレーバーを覚えておく必要もないから、これでいいのだ!
「本日は22種類となります」
(えっ、全種類あるんじゃないの?)
店員さんの思わぬ発言に、心なしか頭が少しのけぞる。
これじゃあ、今回購入できていないものを次回まで覚えておけない!
「当店のチョコレートの種類はこちらに記載しておりますので、一緒にお付けしておきます」
店員さんはそう言って、チョコと一緒に小さなメモを2枚渡してくれた。
これは有難い。でも、でもね。
今回頂いていないものは、この中のどれ~?
順番を待っている他のお客さんを前に、そんな質問をして店員さんに更に時間を割いて頂くのは非常に気まずい。それに、頂いていないものを聞いたとしても、控えるペンを持ち合わせていない。普段は大きな鞄を持ち歩いているくせに、こんなときに限って違う鞄。週末用の小さな鞄には、ペンが入っていないのよ~!
私は受け取ったチョコとレシートの金額を眺めながら、顔をひきつらせていた。
今年のヴァレンタインフェアでは、人数制限なく開催している店舗が結構あるようだ。相当気になるけれど、絶対迷うし、人混みで立ち尽くしていたりしたら邪魔になるだけだし。
毎月お参りしている神社で引いたおみくじにも、
“何事も騒がず、控え目にするがよし”
と書かれていた。
フェアに行ったら心が騒ぐし、控え目にはなれないだろうなぁ。
やっぱり、今年は検索しない。出向かない!
というわけで、あと2日、チョコレート情報から目を背け、14日が過ぎ去るのを泣く泣く待っている次第である。