ある日、個人授業の生徒たち
このサイト内の『ブラッスリーでテイクアウト』でご紹介した、ブラッスリーパリジェンヌYGでは、フランス語で料理教室を開催している。2月のオープンから1年も経たないうちに、オーナーのヨシコさんとジルさんはお客様も関われるイベントを積極的に企画していて、この料理教室も先日3回目を迎えていた。参加したことはないが、シェフのジルさんが日本語を覚えたいとおっしゃっていたので、教わったり教えたりで料理も語学も楽しく学べるのではないだろうか。イベントは不定期なので、ご興味のある方はインスタをフォローしておくと良さそうだ。
フランスでのインターン期間中、私は4人のフランス人から個人的に日本語を教えて欲しいと頼まれた。
1人目は、このサイトやエッセイ本でたびたび登場しているニコ。
2人目は、当サイト内『ある日、日本へようこそ!~ミシェルの場合~』でご紹介したミシェル。
3人目は、同じくサイト内『ある日、ヘビの巣窟へ』での美術館勤務の男性。
そして最後の4人目は、香水店を経営する女性。この方のことも、どこかでちらっと取り上げたような?
目的も習熟度も異なる各々に合わせ、私はレッスンを行っていた。
ニコとミシェルとは、レッスン以外でも会って話したり家へお邪魔したりしていたので、私は友達感覚で接していた。ニコは「気分が乗らない」とたびたびレッスンを反故にしたが、気楽に構えているあたり、彼も私を友人の1人と見なしていたはず(?!)。ミシェルは‟親しき仲にも礼儀あり”を地でいく女性で、年下の私のことを「シホさん」と呼んでいたし、約束事や待ち合わせの時間までもきっちり守る(むしろ早めに到着している)ような人だった。
この2人との友人関係は、私にとって貴重な財産だ。
ニコやミシェルとは良い関係を築けたと言えるが、美術館の男性や香水店の女性とは、残念ながらそうはいかなかった。個人授業は彼らからの依頼で、男性とは1度だけ・女性とは数回レッスンを行った。男性からは、私が美術館を訪れた際、日本人来訪者に日本語で案内をしたいから教えて欲しい、と乞われた。女性からは、私が香水店で買い物をしていたとき、いずれアジアへの店舗拡大を見据えていて、日本も検討しているから言葉を覚えたい、と頼まれた。
インドネシアで出逢った日本人と日本語でコミュニケーションを取るためとか、日本で丹頂鶴を観測するためとか、ニコやミシェルにも興味を持った契機となるものがあり、そこから日本への関心が広がっていったようなので、私は美術館の男性や香水店の女性にも、日本に対する好奇心があるのかも知れないと思っていた。だが、話をしていくうちに、彼らは自分の目的達成に必要と思われる手段の1つとして日本語を取り入れようとしていて、それ以外のことに思い入れがあるわけではないらしいと気付いた。自分の目的をハイリターンで叶えてくれそうだと彼らが当たりをつけたのが日本語や日本で、そんな彼らの前にローリスク、いやむしろカモネギで現れたのが私だったというわけだ。
美術館の男性は日本人女性のナンパ目的、しかも我々を軽んじているような発言をしたので、思い出すといまだに憤りを覚える。
香水店の女性は、右手にそろばん・左手に金庫で商売をしているような人という印象を受けた。言い方は悪いが、自分の利益に対して抜け目がない。
私がプレゼント用に香水を購入し、カードで支払おうとしたときのことだ。私は現金とカードを分けて持ち歩いていて、現金は鞄のポケットに・カードは財布にしまっていた。カウンターに鞄を乗せ、財布を取り出そうとした際、私の動作をじっと見つめていた彼女にはっきりと分かるくらい、鞄のポケットから現金が覗いた。
あ、と私が思うのと同時に、彼女の視線が素早くポケットに移った。
これでお願いします、とカードを差し出した私に、
「実は、カードリーダーが故障しているの。現金を持っているなら、現金で支払ってもらえないかしら?」
と提案してきた彼女。それならカードが使えるときに買います、と購入をやめたいところだったが、別の店員さんが商品のラッピングを済ませていたので、現金払いしたのだった。
彼女はレッスン料についても思うところがあったようで、
「料金は1時間ということだけれど、分単位で支払うことはできる?」
と聞かれたことがある。それはちょっと嫌だな、と思ったし、当時ホームステイしていたRDP家のマダムから、設定金額が安いのでは?と言われたりもしていたので、
「その分割高になりますが」
と返答したところ、肩をすくめ軽い溜息をつき、じゃあ仕方ない、といった素振りを見せていた。
そんなこともあったからか、彼女の意欲はレッスン2回目ですでに衰えを感じ始め、遂にはすっぽかすまでになった。
最初の依頼のとき、彼女から店舗内でレッスンして欲しいと頼まれ、日時は毎回授業の終わりに決めることになった。彼女のお店は不定休だったので、曜日を決めて実施するのが難しいためだった。そんな風に決めたレッスン日だったのに、当日私がお店に伺うと、
「今日は忙しくて、レッスンを受けられないの」
とキャンセルされることが2回ほど続いた。
ある日レッスンに出向いたところ、店舗のシャッターが閉まっていた。あれ、私、日時を間違えたかしら?と手帳を確認してみたが、間違いではなさそうだったので、公衆電話から彼女の携帯に連絡してみた。
「アロ~?」
気だるそうな声が受話器の向こうから聞こえてきた。今まで眠っていたと思われる、おぼつかない返事。
「アロー。シホです。今、お店に行ったのですが。今日はレッスンの日じゃなかったですか?」
「ああ、シホ……」
私の名前を聞いて焦ったのか、何とか頭を回転させているもののうまい言い訳が思いつかなかったようで、間延びした彼女の答えがこうだ。
「実は~、今~、仕事で香港にいるのよ~。突然のことで~、あなたに連絡できなくて~。だから~、レッスンは受けられないわ~」
ああ、そうなんですか。でも、それ嘘ですよね?私、公衆電話から掛けてるんです。国際電話だと呼び出し音が違うはず。それに、国外の携帯に掛けたら、もっと急速に料金メーターが減ると思うんですけどっ!国番号も押してないから、そもそも繋がらないのでは?!
「帰国したら~、こちらから連絡するわね~」
あなた、私の連絡先知らないでしょ?私は今ホームステイしていて、フランスで通話使用できる携帯とか持ってません!
ごめん、の一言もなく、私との連絡手段がない彼女からは当然のことながらその後何の音沙汰もなく(こっちからお店に出向いてなんてやるものか!)、彼女との個人授業は終わりを迎えたのだった。
インターンから帰国後に就職した会社の連休制度を利用して、私が再度渡仏し、滞在した街を訪れた際、彼女の香水店はなくなっていた。フランスで別の場所に店を構えることになったのか、アジア進出という目的を達成して海外にいるのか、理由は分からない。彼女のお店で扱っていた香水は、おしろいのフレーバーとかほんのりと柔らかく香るものもあって、強烈な匂いが苦手な人とか普段使いしたい人に向いていると感じていた。彼女との関係は残念なものになってしまったけれど、またどこかであの香りに出逢えたらいいなと思っている。
友人関係になったニコやミシェルとは、私のインターン期間が終了するまでお互いの都合が良いときにレッスンを続け、食事や催事に出掛けたり、近郊の村や町まで遠出をしたりと、様々な経験とかけがえのない思い出ができた。
最近、新しい人と知り合うどころか、仕事以外はほとんど一人でいるんじゃないだろうか?
人に勝る宝はないよなぁと、ありきたりだけど今の環境だからこそ余計に痛感する。
まずは、ジルさんの料理教室にでも参加して、交友関係を広げてみようかな?