ある日、黒いものはNG

鏡開きの前日に、会社でお餅をいただいた。かつて実家に居た頃は、ガッチガチに硬くなった鏡餅を半日ほど水につけ込み、開いていたことを思い出す。会社でいただいたものは、個包装で手間いらず。さて、どう調理しよう?煮る?焼く?味付けは?
近年お餅を食する機会が減って、お正月のお雑煮くらいでしか口にしていなかったから、久し振りに磯辺焼きにすることにした。

そういえば、インターン高校関連の行事で磯辺焼きを提供したとき、積極的に手を付けるフランス人がいなかったことを思い出す。
お茶会で使用した懐紙があったので、これを巻けば手が汚れたりせずに済むのでどうぞ!と張り切って差し出してみたものの、反応はイマイチ。そりゃ、華やかな料理ではないけれど、フランス人が好むという甘辛味。お餅を知らない人もいたので、ざっくりと
「お米をついて、固めたもの」
と説明したときまでは、みんな興味を持っていたようだったのに。
「どうして黒いものが付いているの?」
戸惑っている私を見かねて、一人の女性がためらいがちに尋ねてきた。
「これですか?『海苔』といって、海藻を乾燥させたものです」
2004年当時、滞在していた南仏の街にも日本人が経営する和食屋さんがオープンし、海苔やわかめ・昆布などの海藻類も一般的に知られていると思っていた。日本びいきでもない限り、あまり知られていなかったかしら?
「海藻といっても、香りや味のクセはないと思いますが」
気を取り直して再び反応を見てみたが、みんな困惑顔をしている。
「フランス人は黒いものを食べないんだよ」
一人の男性が意を決したようにはっきりとした口調でそう言い放った。
「黒いものはちょっと気持ち悪い。得体が知れないだろ?」
(海藻って言いましたけど)
海苔が何であるか理解した上で、みんな手を付けようとしない。海藻がダメな人もいるのだろうが、黒いものに対する抵抗感が勝っているようだ。
とはいえ……。
(黒いものを食べない?得体が知れない?)
皆さん、今口にしているものは例外なんですか?
それは“HARIBO”のグミで、カラフルでジューシーそうなものの中に、長さ10cmほどの充電コードを蚊取り線香状に巻いたかのような黒い塊が混じっており、みんなは巻かれたそれを伸ばしながら口に運んでいた。
それは何ですか?真っ黒だし、得体が知れません。でも、あなた方は先ほどから普通に召し上がっていますよね?
「これは黒いけど、みんな食べてますよね?」
矛盾を感じた私は、思わず指摘してしまった。
「ああ、これは自然のものって分かっているから。子どもでも安心して食べられるんだよ」
(海苔も自然のものですけど?)
「それに、HARIBOは歴史があるメーカーだから、変なものは入っていないよ」
(海苔作りも古くから行われてきてます!変なものも一切入っていません!!)
ますます納得がいかない。黒いものを食べないんじゃなくて、馴染みがないから手を出さないってことですよね?そういうことなら私も同じです。そのコードみたいに黒々としたものには馴染みがないので手を出しません。だけど、今言われたような理由でコードはOK・海苔はNGと言われてしまったら、日本人として海苔が不憫でならない!!!
「ノリ、だっけ?それを取ってくれたら食べてみようかな」
「そうね、それなら私も食べてみたいわ」
私と男性のやり取りに気を遣ったと思われる数人が、妥協案を提示してきた。
ここはそうした方が無難かも知れない。インターンとして、周囲の方々との間に波風を立てるのはどうかと思うし、まとまった人数が集まる会ということで、私一人で平らげるには無理がある数の磯辺焼きを作ってしまった。不本意ではあるけれど、私は海苔を外して彼らに振舞うことにした(外した海苔は私が責任を持って胃に収めた)。
「うん、これはイケるね!」
「本当、甘辛い味付けが美味しいわ!」
「『磯辺焼き』は海苔なしでいいんじゃない?」
(海苔がなければ『磯辺焼き』とは言わないですね……)
海苔と一緒に、私はそんなモヤモヤする思いも飲み込んだのだった。

のちに知ったことだが、この黒いグミはシュネッケン(カタツムリ)という名称で、色の正体はリコリスエキス。世界一美味しくないと言われている飴にも使われているようだ。そして、聞いたところによると、このシュネッケンはゴムのような味がするらしい。私は得体が知れてもそれをあまり食べたいと思わないのですが……。フランス人にとっては、海苔も同じような感覚なんでしょうか?
黒いものは食べないと言われたが、ホームステイ先の家族やインターン高校の教員たちの中にはまったく抵抗なく口にしてくれた人たちもいたので、個人差もあるのだと思う。念のため、あまり日本に興味のなさそうな方々には、海藻類に加え、羊羹など小豆餡を使用したものはその後極力提供しないようにした。

久し振りの磯辺焼きから、かつての苦い思い出を振り返る。フランス人シェフが具材を昆布で包んだ料理を作っていたり、どら焼き好きなパリジェンヌがあんこを手作りしている様子などをテレビで見かけるようになったので、たぶん、以前よりは日本の黒いものへの抵抗感も薄れているのではないだろうか。今回は期待を込めた思いを、磯辺焼きと一緒に飲み込んだ。

※お餅について、フランス語では“le gateau du riz:米の菓子”と言われたりしますが、私が切り餅を見せたとき、“le pate du riz:米の生地”と言ったフランス人がいました。確かに、のし餅を切り分けたものだし、調理前だからこの方がしっくりくるな、と思い、私はフランス人に『餅』と言うときには“le pate du riz”と言っています。

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