ある日、背中にも責任を

『40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て』とはリンカーンの言葉であるが、後ろ姿にもそれは当てはまるように思う。
私は身長150cm半ば、日本人では普通~低い方だ。小学生の頃から身長が変わっていないので、当時同年代の女子の中では背が高かった。ランドセルは似合わなくなり、公共交通機関で子ども料金を支払おうとすると疑いの眼差しを向けられる。同級生の男子の大半はまだ私より背が低かったため、物を持ち上げたら「怪力女」、走ったら「イノシシ」などと言われ、恥ずかしかった。そんなこともあり、できるだけ自分を小さく見せようとした結果、すっかり巻き肩になった。
フランスに渡ったとき、自分がちっぽけに思えたのは、身長のせいだけではないだろう。肩が丸くなると顔が下を向き、オドオドして見える。一方のフランス人には、猫背の人をあまり見かけなかった。身長が低かろうが高かろうが、細身だろうがぽっちゃりだろうが、みんな背筋が伸び、自信に溢れた表情をしていた。

パリで語学学校に通っていたとき、同じクラスのカズミさんはバレエ教室にも足を運んでいた。彼女はかつて日本でバレエを習っていたらしく、歩く姿勢は地面に対して垂直だった。フランス人の中に紛れていても彼女の存在に気付くほど、カズミさんの姿勢は美しかった。練習風景を見学させてもらうため、私もカズミさんと一緒に教室を訪れたときは、さまざまな年齢層の生徒がバーレッスンをしていた。各々の立ち方や手指・足の所作を見るにつけ、意識するって大事なんだなぁ、私もちょっとは自分の姿勢や動作に気を付けなきゃな、と省みたはずだった。

思っただけで全く意識できていなかったと痛感したのは、フランスでのインターン期間中のことだ。フォーマルな場へ赴く機会が何度かあり、服装は全て着物で通した。日本文化普及のためのインターンだから着物がいいでしょうと思っていたが、一度遠方に向かうことになったとき、荷物が多くなる点や着替える場所のことが気掛かりで、ドレスを検討したことがある。
私の周囲のフランス人は、ハイブランドではなくプチプラやリユースでドレスを揃える人が多く、パリだとレンタル衣装や古着店、TATIという格安ショップで探すそうだ。TATIはウェディングドレスまで扱っていて、購入したものを自分好みに手直しする人もいるらしい。また、カクテルドレスくらいだったら一から仕立てたりすることもあると聞いた。実際、日本にあるフレンチセレクトショップで私が購入したシルクのワンピースは手作りのもので、手縫いだった。裏地はもちろん、脇には汗染み防止の布まで付けられていた。このワンピースは正面から見るととてもシンプルだが、背面の腰部分に施されている飾りベルトが大層ゴージャス。裏葉柳色とラメ入りの銀糸で編み込まれたベルト部分に、蛍光オレンジのスパンコールと涙型のパールビーズがふんだんにあしらわれている。何度かこれを着て出掛けたことがあるが、椅子に座るときはゴツゴツするので背にもたれるなんてできない。このワンピースを作って着ていた方は、品よくお座りになる方だったに違いない!と、私も頑張って背筋を伸ばしていた。


残念ながらこのワンピースは日本に戻ってから見つけたものだったし、インターンのときは地方在住だったので、パリのように気の利いたショップはない。仕方なく郊外のショッピングモールをブラブラしてみたところ、一応フォーマルで着られそうなドレスがいくつかあった。裾は詰めなきゃいけないだろうな、と覚悟していたのだが、試着したのち、ドレスは諦めることにした。それらのドレスは、鎖骨と背中を綺麗に見せるようなデザインだった。つまり、襟ぐりが広く(布がかろうじて肩に掛かるくらい)、バックの切れ込みが結構深かったのだ。グラマラスな欧米人なら、胸だけでドレスを支えられそうだし、背中もセクシーに映るだろう。しかし私は、どんなに胸を張っても肩からストンストンと布が落ちちゃうし、切れ込みがお尻まで届いてしまいそうだった。これ、手直しするってレベルじゃないのでは?それに、後ろ姿が四角い!イタタタタ……。
外に出て確かめるまでもなく、私はそそくさとドレスを脱いだ。試着室から出ると、私と身長がそう変わらない女性が、同じ型のドレスに身を包み、鏡の前でポージングしていた。
彼女はキマってる。何が違うの~?!(そりゃ、姿勢と体型でしょう)

他人の印象でも、猫背の人は自信がなさそうとか顔を伏せていて信用できないとか、ネガティブなイメージを持たれてしまうことがある。特に欧米では、相手の目を見ることが礼儀だから、うつむきがちになると失礼な人だと思われかねない。
そういえば、もともとバレエは礼儀作法としての所作を発展させたものだというから、姿勢や手足を意識することはエチケットをわきまえることに繋がるのだろう。
日本でも、浮世絵の見返り美人画にあるように、後ろ姿の美意識が存在する。これも単なる姿かたちではなく、礼節まで読み解くことができるのではないだろうか。着物なら補正するから巻き肩も気にならないよねとか、こけしのような体型もカバーできるわ~と堕落してはいけないのだ。

その後も写真などで自分の背面に気付かされているが、都度いたたまれなくなっている。かつて会社の行事写真が社内にデータで出回り、自分の後ろ姿を発見した際、全て削除しようと試みたことがあるが、ロックが掛かっていて実行できなかった。これ撮ったの誰よ?と、カメラマンに腹を立てるのは筋違いだし、記憶から抹消して~!と願ってもデータがなくならない限り、ムリな相談でしょう。ずいぶん前に意識しなきゃと思いつつ、長いこと放置した自分のせい。背中にも責任を持ちたまえ!

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