ある日、気持ちが大事でしょ

ニコが日本語レッスンの気分ではないと言う。教材を抱え、狭くて急な階段を目が回りそうになりながらクルクルと最上階まで上がってこの言葉を聞くと、疲労感が増す。だが、これまでにも度々そういうことがあったので、この頃には割とあっさり受け入れるようになっていた。
「家の中にいても気分が滅入るしさ。どこかに行こうよ」
確かに、雲一つないセレストブルーの空を見てしまったら、外に飛び出したくなってしまう気持ちも分からなくはない。荷物は置かせてもらうことにして、車で近郊の小さな村まで出掛けることになった。

廃墟の城がそびえ立つ石灰岩の村。ごつごつした岩肌は男性的だが、光を浴びると白く輝き、女性的でもある。オフシーズンで、車でないと立ち寄れないような場所にあるにも関わらず、観光客もそれなりに見かけた。素朴な石造りの家々が肩を寄せ合うように建ち並ぶなか、カラフルな土産物店や壁の白さを際立たせたレストランなどが点在している。
ニコは足早に城跡へ向かっている。私は周囲の眺望を楽しみながら、ゆったりと歩を進めた。途中、白壁が一段と眩しい建物の前で、ハイビスカスを見つけた。鉢に植わったもので、すらりと伸びた花軸や大きく開いた花弁が見事だ。近寄ろうとしたとき、こちらに背を向け、手入れをしている少年に気付いた。トーブというのだろうか、くるぶしまでの長くて白い民族衣装を着ていたため、壁と同化して最初は分からなかったのだ。足音で気配に気付いた少年が、半身を傾けて私に目を留めた。
(あ、入ったらまずかったかな?)
車1台分くらいのスペースがある展望台のような場所だったため、足を踏み入れてしまったが、他人様のご自宅だったかしら、と慌てて引き返そうとした。すると少年は、おもむろに落ちていたハイビスカスを拾い上げ、はにかむように笑って私に差し出した。
(え、くれるの?)
手に取ってみると、花弁に傷みは見られず、ふっくらと丸く開いている。何かの拍子に枝から落ちてしまったのか、花冠だけになっていた。美しく整ったフォルムを留めているから、ちょっと捨てるには惜しい。少年もそう思って、私にくれたのではないか?
お礼を言うと、少年はまた柔らかい笑みを浮かべ、手入れの続きを始めた。
思いがけないプレゼントに、じわ~っと温かい気持ちで満たされていたそのとき、気分を台無しにする声が響いた。ニコが、私を指差して笑っていたのだ!しかもご丁寧に、腰を落として膝をバンバン叩きながら。
そんな笑い方、アニメでしか見たことがないわっ!実際にやられてみると、すこぶる不愉快!!
「ハ~ッ!シホ、落ちていた花をもらったの?ハ~ッ!!」
ニコは私がゴミでも受け取ったかのように、しきりと「落ちていた」を繰り返した。
(落ちていたからって、何が悪い!気持ちが嬉しいじゃないか!)
あの少年は、まだ綺麗だからどうぞ、と花を差し出してくれたんだと私は感じている。少年の純粋な気持ちまで踏みにじられたようで、私はニコに冷ややかな視線と言葉を投げた。
「そこまで笑わなくても良くない?落ちていたものでも、綺麗じゃない」
ニコも私が気分を害したことに気付いたのか、笑うのはやめたが、
「でも、君がもらったのは咲いていたものじゃない。終わったものだよ」
と淡々と言ってのけた。
(もっと言い方ってものがあるだろ~っ!)
私はニコに返事をせず、花の形が崩れないよう、水をすくうときのように両手でハイビスカスを支えた。
「持って帰ってもすぐしおれるんじゃない?」
何でそんなものを大事そうにしているんだと言わんばかりのニコの口調に、私はさらに閉口。帰りの車の中で、私たちはずっと黙っていた。

実は、落ちていた花をもらったのはこのときが初めてではない。小学生の頃、学校からの帰り道で桜が満開になっていた。うわ~、咲き誇ってるなぁ~、とずっと上を見上げていた。多分、口も開いていたんじゃないだろうか。私の横を、近所の高校の制服を着た2人組のお兄さんが自転車を押しながら通りかかり、私を見てクスリと笑った。2人とも
「お、綺麗だなぁ」
と同じように桜を見上げたのち、1人が落ちていた数房を拾い上げ、
「はい、これあげる」
と私に手渡してくれた。その数房は、開いたばかりのときに強風などで落ちてしまったのか、薄桜色の花弁は傷みも汚れもなく綺麗だった。このときも私は、じわ~っと温かい気持ちになったものだが、この思い出まで台無しにされた気分だ。
色々と思い返していたら、他のことまで思い出してしまった。新卒で入社した会社の同期男性と、仕事のことで話をすることになったときのことだ。付き合っている彼女の家に行くついでにちょこっと私の家に寄ると言うので、私は母に「同期が来るから少しの間リビングを使うね」と伝えておいた(当時は実家暮らし)。打ち合わせ程度で簡単に済む話だから、気楽に来るだろうと思っていたら、何と彼は花束を持参してきた。
「いや、実家だって聞いたし、俺も社会人だから、このくらいはした方がいいのかと思って」
普段軽口の多い同期が、私の親に気を遣ってあれこれ考えてくれたのだと思うと、その気持ちがありがたかった。
でも。こ、これは……!普段、うちの仏壇の前に飾ってあるやつじゃないですか?!
そう、彼は仏花を持ってきたのだ。挨拶に出てきた母に、私は困惑の目を向けてみたのだが、母は落ち着いたもので、
「まあ、わざわざお気遣いありがとう」
とすんなり受け取っていた。
「あ、ありがとぉ~。あとで飾らせてもらうねぇ~」
(本当のことを伝えるべきか?!)
ずっと気になってしまって、打ち合わせどころではなかった。せっかくの心遣いに水を差すのもなぁ、などと考えていたら、結局花束の正体を言い出せずに終わった。
「家に仏壇でもなければ、仏花のことなんて分からないかも知れないわね。普段お花を買わない男の子だったら、花束に種類があるなんて思いもしないんじゃないかしら。でも、気持ちが嬉しいじゃない?会社でもお礼を伝えておいてね」
同期が帰ったあと、母は花を活けながらそう言った。そうなのだ。その気持ちが嬉しいのだ。でも、彼のことを考えたら、本当のことを伝えるべきだっただろうか?彼がのちのち同じようなことを他の人にしたとすれば、最初の段階で伝えなかった私にも責任があるのでは?できれば、別のところで恥ずかしい思いをすることなく知ることになってくれたら、と願う(無責任かしら……)。

落ちていた花も仏花も、それぞれ善意からの行為だ。こうじゃなきゃダメ、なんてナンセンスだ。私は彼らの気持ちが嬉しかった。仏花をくれた同期も、今ではきっと花束の意味を理解し、お互い笑い話にできることだろう。彼らの行為を思い出すと、いつも私の気持ちはほんわりしてくる。

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