ある日、カヌレを作る
最近またあちこちでカヌレを見かける。
私のカヌレ初体験はフランスではなく日本だった。以前流行した90年代、Au Bon Vieux Temps(オーボンヴュータン)に母と2人で買いに行き、それがいかなるものかを知った。黒柿色の外皮は硬さがあって香ばしく、玉子色の生地は粘りと弾力があった。私の個人的嗜好になってしまうが、チョコレート系やモンブランの方がより好みだったため、カヌレはマイブームとはならなかった。そのため、ボルドーを訪れたときも本場の味を確かめることなく(あのときは前後不覚になったせいでもあるが……)、近年の流行りにも割と落ち着いている。
そんな私が1度だけカヌレを手作りしたことがある。インターンでのフランス滞在初期にホームステイしていたヴァイキング家族は、週末になると私をよそのお宅へ預けるようにしていた。カヌレを作ったのは、そんな預け先のマダム宅でのことだった。60代くらいのマダムは郊外で1人暮らしをしていて、ヴァイキング家族の長女が
「寂しい人だから話し相手が必要」
と言っていた。この家族の友人ってどんな人なんだろう?コミュニケーション取れるかしら?などと心配していたが、ステイ先に迎えに来てくれたマダムは穏やかで優しそうな雰囲気だった。
「私の住む地域には何もないけれど、静かで落ち着いたところよ」
車の中で伺った通り、マダムのお住まいは南仏の長閑な自然に囲まれていて、家の中もすっきり整えられていた。
「甘いものは好き?」
「はい、甘いもの大好きです!」
私の返答にマダムは嬉しそうに微笑み、
「じゃあ、一緒に作ってみない?カヌレはどうかしら。ボルドーのお菓子なのよ」
と勧めてきた。
かつてマイブームにはならなかったものの、フランス特有のお菓子の作り方を覚えられるとあって、私は彼女の提案に喜んで同意した。
できれば、材料や作り方のメモを公開したかったのだが、インターン期間中のノート類は実家に残してきた。実家に戻って探すにしても、大量にある紙類の中からこのメモを探すのは、年末の大掃除くらいに時間を掛けないと難しそう。
というわけで、材料・製作過程、略(ゴメンナサイ)。生地となる材料を混ぜて焼き型に入れる。金型を使用するのだと思っていたら、シリコン製だった。
(この型で、あの焼き色はつくのだろうか?)
黒柿色にはならないだろうなぁ。外もカリカリとまではいかないだろうし。
私は色や外皮の硬さをセットでカヌレと認識していたが、マダムによるとカヌレとは溝になっている部分のことを差すらしい。ってことは、クグロフや絞り出しのクッキーなんかも該当する?!(一般的にカヌレで出回っているお菓子の正式名称は『カヌレ・ド・ボルドー』)
豆知識などを教わりながら、焼き上がりを待つこと1時間ほど(だった気がする)。私の家では型を使用するお菓子作りに金型しか使ったことがなかったが、シリコン型、中身がびっくりするくらいするっと外れてラク~!お手入れも簡単そう。金型は使い込んでいるものだったらいいけど、馴染むまでが大変だし(お手入れもそれなりに手間を掛けてあげないと)……。日本で作りたくなったときに備えて、シリコン型を1つ買っておこうかな?と思ったけれど、結局、一時検討しただけで買うことも探すこともしなかった。
そのするっと外れたカヌレは、香染色をしていた。食感は、外がむちっ・中がくにゅっ、といった感じ。オーボンヴュータンのものや、雑誌などで紹介されているものと比較すると、色も硬さも柔らかめだった。
「カヌレ(・ド・ボルドー)を作りました」
と言ったら日本ではツッコミが入りそうだ。シリコン型で作るカヌレはどれもこんな感じになるのだろうか?これは一般的にプディングと呼ばれるものなのでは?(カヌレもイギリスではプディングの一種になるのかな?)
まあ、これはこれで美味しかったから、細かいことは考えないことにした。私が作ったのは、カヌレなのだ。
「2・3日は日持ちするから、学校でみんなと頂いたら?」
というマダムのご厚意で、2ダースほど作ったカヌレの半分をお土産として持ち帰ることに。教員仲間だけでなく、ヴァイキング家族にも差し上げるつもりでいた。
ところが、ステイ先に戻ってカヌレの包みを開いたところ、ヴァイキングマダムが
「あとでみんなで頂きましょう」
と言って全部持って行ってしまった。このご家族は全員よく召し上がるので、一瞬で無くなってしまうだろう。私は慌てて持ち去られたキッチンへと向かい、教員仲間の分だけは頂きます、と言うつもりだった。幸い誰もいなかったので、黙って取り分けていたら、長女がキッチンに入ってきて
「シホ、あなた何をやっているの?」
と問い詰められた。
あなたにそんな風に言われる筋合いはない、と思ったが、
「学校のみんなにもあげようと思って」
とにこやかに取り繕った。長女は不服そうに私を眺めていたが、気にしない・気にしないとそのまま頂いておいた。
あとでみんなで、って言ったって、私はその中に入っていない。案の定、カヌレはヴァイキング家族だけのときに食されたようで、私が彼らからカヌレについての感想を聞くことはなかった。
一方、週明けにラシェルやマリーに差し上げたところ、
「美味しくできているわね!」
「これでまた1つ、フランスのことを学んだわね」
という言葉が返ってきたので、ステイ先でのモヤモヤが解消されたのだった。
かつての流行期にマイブームにならなかったことや、カヌレを見るとヴァイキング家族を連想してしまうこともあり、今回の流行りにもほとんど乗っていない。でも実はラム入りスイーツも好物なので、カヌレの中でもラムが結構効いている、と見聞きしてしまうと試してみようかな、という気になる。それで手っ取り早く手を出したのが、UHA味覚糖の“カヌレット”。今や専門店もでき、コンビニでもさまざまなカヌレを扱うようになっているのに、なぜ、袋菓子?!
答えは、“ラム香る贅沢なひとくち”という謳い文句に惹かれたから。確かに、これはラムが効いている!
それならラム飲んでおけばいいじゃん、って話になりそうですが。
どことなく、シリコン型で作ったあの日のカヌレの食感と似ているような気がして、嗚呼、懐かしい哉。