ある日、わけも分からず

フランスの街中で、‟exposition”と書かれた立て看板を目にすることがある。アーティストの作品や何らかの団体の啓発活動など、この看板が示す展示会へときどき足を運んだ。美術館や映画館へは観たいものがあって出向くのに対し、こういった展示会へはちょっとした好奇心からふらっと立ち寄る場合が多く、見学して興味を惹かれることもあれば、そうでないこともあった。

パリのヴォージュ広場に面したガラス張りのギャラリーでは、新人アーティストの作品が数週間のスパンで入れ替わり立ち替わり展示されていた。絵画の割合が高く、ブロンズや石膏の彫像・木工品・ガラスアートなどを見かけることもあった。あるとき展示されていた画家の作品が気に入り、ちょうど宣伝用のハガキ(といっても、B5サイズくらい)があったので、そちらをいただいてきた。それは今でも実家の私の部屋の壁に飾られている。
余談だが、ミレニアム頃にこのギャラリーと同じ並びにあったカフェのショコラ・ショーが美味しくて、私はお気に入りだった。ガイドブックに載るようなお店ではなく、街中のどこにでもありそうなカフェのショコラ・ショーは、チョコレートをお湯で溶かしただけなのか、味が薄くてガッカリしていた。どこに入っても似たり寄ったりの味だったので、こんなものなのかな、と思っていたところ、こちらのカフェのショコラ・ショーに巡り合った。コクがあり、カカオの粘り気や繊維を感じるのにしつこくなく、口の中に程よく残る控え目な甘さが良かった。それなのに、4年後のインターン期間中、ヨーロッパ写真美術館からの帰りに来てみたら、何だか店の感じが違う。以前は暗すぎない程度にダークな色合いの店構えで、古風で街中に馴染んでいるカフェだったはずだ。だが今回は、店内のテーブルに紅白ギンガムチェックのクロスが掛けられていたりして、大衆食堂感がある。変わっていないところと言えば、外のテラスにある大型のストーブくらいだった。まあ、4年も経ってるからなぁと思いつつ、期待はそのままにショコラ・ショーを頼んだところ、味も変わっていた。味は濃いのだけれど、ゼラチンでも入れているのか、とろみがついている。時間が経つにつれ、ブリンブリンと柔らかく固まってきた。カップを傾けても全然落ちてきてくれない。仕方なく、スプーンですくって口に運んでいた。カレーは飲み物、という人からすればこれは飲み物の部類に入るのだろうけれど、私からするとこれは食べ物って感じだ。
ブレッソンが亡くなった。
あのショコラ・ショーも、もうない。
どうして味を変えちゃったんだろう?それとも、以前のカフェはなくなって、同じ場所に別のカフェができたのかな?
ひどく落胆して、インターン先の街へ戻ったことを覚えている。
※近年、フランスでは環境問題に配慮して、屋外テラスの暖房設備を廃止したということなので、あのカフェのストーブも無くなってしまったことだろう。

地方では、個人ギャラリーのようなこぢんまりとした展示のほか、歴史や風習・特産物など、その土地独特の展示があった。後者は常設のことが多く、入場料が掛かったり、ブティック併設で物販を行うことで、活動・維持費用を捻出しているようだった。学習の一環として地元の子どもたちが見学に訪れることもあるようで、引率教員らしき大人のあとに続いて、キョロキョロと歩き回る6~8歳くらいの子ども数十人を見かけたことがある。
インターン高校では、私が引率する側として生徒と一緒に街中で開催されたジャパン・エクスポを見学したが、1階の草間彌生さんのドットの部屋以外は「これが日本の全てだと思わないで!」という内容だった(エッセイ本『ある日、フランスでクワドヌフ?』のタイトル章でもちらっと触れています)。2階は日本の住居のしつらえが、3階は人の営み(主に男女の)が複数のアーティストによって表現されていた。おそらく、彼らは日本人じゃないよね?例えば、和室のしつらえ。縁側に床の間があったし(配置は座敷内にして~!)、龍の掛け軸が掛かってる(龍がどうこうではなく、線がハッキリしていて日本の水墨画っぽくない)。極めつけは、枯山水の庭(一般家庭ではやらないよ?!)。
フランスにおいて、2004年はジャパン・エクスポ成功の年だったようで、この展示会にも地元民やら観光客やらが詰めかけていた。でも、日本人が2階と3階の展示を見たら、違和感とか不快感を覚えるんじゃないだろうか、というのが私が感じたところである。どうしてこの企画が通ったのか皆目見当がつかず、3階の展示に至ってはインターン高校の教員や生徒から冷やかしを受け、悶々とした。日本を題材にした海外制作の映画とかアニメならまだしも、ジャパン・エクスポという名称で、これが日本だ!日本人だ!と高らかに宣言されてしまうと、こちらとしては、いや、ちょっと待て、と憤慨してしまうような内容だった。

小さな展示会には、一人で赴いたりニコに連れられていくつか回ったりした。異文化交流の展示では、モンゴル人の女性が手がけたオブジェが素敵だったので、1つ購入した。ニコはそのオブジェを私の知らない言葉で表現したので、詳しく尋ねてみたところ、どうやら曼荼羅のことらしい。しかしこの表現はニコがオブジェを見たときの感想だったようで、制作者の女性が何を表現したものなのかは不明である。閉じているときはお花みたいだし、パーツを広げると土星みたいになる。何かは分からないけれど、開いたり閉じたりしてオブジェを動かしていると、繊細に変わる形によって自分の身体の一部もほぐれてくる気がした。


また別の展示会では、入場料を支払った際、チケットと一緒に厚紙でできた名刺サイズのパッケージをもらった。表紙には肌の露出が多い女性(下着のような恰好)が描かれていて、受け取る際、違和感を感じた。でも夏の時期だったし、下着のように見えるけどこれって水着?とか、日本と違ってフランスだとこのくらい当たり前のデザインなのかも、と頭が勝手に都合良く解釈した。そのパッケージは名刺入れのように上蓋が開くようになっていて、日本で売られている板ガムにも同じようなパッケージがあったため、ガムでもくれたのかしら、と私は上蓋を開いてみた。中に入っていたのは……コンドーム。
「あのさ、ここって何の展示会?」
「あれ、言ってなかったっけ?このエクスポは性的マイノリティを支援するためのものだよ」
いや、聞いとらん~!
思いっきり人前で開けちゃったんですけど!!
慌ててパッケージの蓋を閉めた私を見て、ニコは
「それは、夏だからってハメを外し過ぎるなって意味でくれたんだと思うよ」
と言って、しばらくニヤニヤしていた。

あれから数十年経って、また、夏。
6月に30度超えの日が続くって、わけ分からん!
7月や8月が思いやられる~!
そのうち日本のカフェでも、いや、商業施設やオフィス全体で、冷暖房の使用についての法律が定められるかも知れない。

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