ある日、さりげなく花
先日、母の誕生日を祝うため、2人で食事に出かけた。父と兄はその前の週に実家で祝っていたが、私は仕事の都合で戻れなかったため、別日で設定したのだ。
今回予約をしたフレンチレストランのモンブランテリーヌを、昨年母に贈った際、
「テリーヌ、とても美味しかったわ!一度食事にも行ってみたいわね」
と言っていたので、お店選びには苦労しなかった。
私たちは開店後間もない時間に予約を入れていて、そのときは数組が案内されただけだったが、すぐに満席になった。こぢんまりとした店構えであるとはいえ、平日であったことや、聞こえてくる限りでは全員がコース料理を注文しているようだった(ワンプレート料理も用意されている)ので、盛栄だな、と感心した。店員さんは皆愛想が良く、客の状況に目を配り、次の料理までの間の持たせ方なども絶妙だったので、料理以外でもリピーターになる人がいるのだろう。
私たちが席に通された直後、店員さんの中でもとりわけにこやかでテキパキと動いていた女性が、
「どうぞ」
と私たちのテーブルに花を持ってきてくれた。黄色とオレンジのガーベラは夏の日差しを連想させるけれど、添えられたグリーンと、水泡が湧き上がるような模様のある逆さカウベル型の滑らかなガラス花瓶が、涼し気な印象を与えている。
全テーブルに同様のセッティングをするのかと思いきや、私たちのテーブルだけだった。ああそうか、誕生日祝いであることを伝えていたので、花を添えてくれたのだ。
さりげない心遣いが、じんわりと胸に迫った。
また来たくなるわけだ。
慣用表現ではない‟花を添える”行為、つまりはさりげなく花を贈ったり飾ったりする場面で、私は時々失敗(と思える選択や行為)をしている(あ、慣用表現でも難ありですが)。何かのイベントで贈ったり、心の栄養補給で自宅に飾ったりする分には、ただただウキウキして花を選べるのだけれど、さじ加減が必要となると、突然あれこれ考え出してしまうのだ。
かつてフランス人のご家庭に招かれ、簡単な生け花を所望されたときには、‟簡単”のさじ加減に悩み抜いてしまい、依頼主から
「もういいですよ」
と言われたことがある。
ついこの間も、傘を借りたお礼に花を贈ろうと思ったものの、何にするか迷ってなかなか決められなかった。贈る相手は日仏カップルで、複数のバラを毎年見事に咲かせている園芸好きなご夫婦。やっぱりバラか?いやいや、あれだけご自身で育てていらっしゃるのだから、別の花がいいだろう。夏だからひまわり?単純過ぎるかしら……。フランスといえばユリ?王政のイメージで嫌がられたりするかな~?ハーブとかもお好きということだったから、タイムやローズマリーにする?フランスでは定番だから目新しくないのでは?と、あれやこれや考えて購入したのが、唐辛子。白・黄色・オレンジのまるっとした実がなっていて、白い花がポツポツと咲いていた。見た目の可愛らしさと、実は成長したら料理で使ってもいいんじゃないかと思ったのが決め手だった。
で、差し上げたところ、奥様の第一声は
「トマト?」
そうですよね~、実がなっているなら食べられるものの方がいいですよね~!
食用と思って購入した唐辛子だったが、支払い後に店主から、
「9月中旬頃までは楽しめます」
と言われ、ひょっとしてこれは食べられないのでは、と気付いた私。会計を済ませているし、今更他のものを選ぶ心と時間の余裕もなかったため、なんとな~く失敗だったかな、という気持ちを抱えたまま差し上げた。そのため、奥様の第一声に
「唐辛子です。観賞用です(たぶん)……」
と、後悔がにじむ返答をしたのだった。
本当は、‟ショコラノワール”というナデシコ属の花にしようと思ったんです~。ナデシコは寒暖差に強くて育てやすいってことだったし、何より美味しそうな名前(食べられないけど)だったので!開花時期が4月~8月ということでどこかにあるかも、と探したけれど、私のご近所では見つけられなかったんです!
という長い言い訳は、当然のことながら胸に納めておいた。
そういえば、ローラ宅にホームステイしていた頃、いつも部屋にバラが活けてあったっけ。ようこそ、という意味で最初だけだと思っていたら、気が付くと種類が変わっていて、バラは特別なときに贈ったり贈られたりするもの、と珍重したり恐縮したりしていた私には、驚くべき日常風景だった。
ローラは自宅の至る所を、絶やすことなくレーヌ・ドゥ・ラ・フルール(花の女王:私のバラのイメージ)で華やかに彩っていた。日本よりもバラ(というより花全般)が安価であることや、ローラの友人が様々な種類のバラを栽培している方だったということもあるのかも知れないけれど、留学生の部屋にまで常日頃から気を配ってくれることに感激したものだ。
「部屋のバラ、ありがとうございます」
新しく活けてくれるたびにお礼を言うと、ローラはその都度ただ満足そうに歯を見せてニッコリしていた。
※食卓に飾られたバラ。バラ上の写真は、民族衣装を着たローラの娘さん。
※リビングのサイドテーブルには、ローラのご両親の写真の横にいつもバラが活けられていた。
※下左:ローラの孫・マリーの誕生日には花瓶2つ分のバラが!
下右:私がマリーにプレゼントした色紙(部屋に飾ってくれていた後ろのバラの方が印象強い……)
※ホームステイ終了時にローラへプレゼントしたドライフラワー。ローラ宅のジプシーに似た猫が添えられていた(ドライフラワーより目立ってるけど)ので選んだのだけれど、生花のほうが良いかなぁと、ここでもやはり迷い悩んでの選択だった。
さりげなく、花。
私の場合はどうしても大仰になったり、やらかしてしまったと落ち込む結果になったりしているけれど、花があったらそれなりに気分がアガるはず、と自分に言い聞かせて毛づくろいしている、もとい、気を落ち着かせようとしているのである。
※下左:人生初の独り暮らしとなった南仏のステュディオに飾った花
下右:パリのステュディオには花瓶がなかったので、ミニワゴンを買って鉢植えを並べていた