ある日、「今夜は甘いものを食べましょう」
昨日、健康診断を受診した。例年、予約の際に希望日程を第5候補まで伝えていて、大抵の場合、第4とか第5希望日で回答が来ていた。5年くらい前は6月に受診していたが、徐々に後ろ倒しとなり、3年前が7月、そして昨年と今年は8月中旬。昨年は雨だったので暑さをしのげたが、今年は家を出た途端、露出した腕にピリリと熱刺激を感じた。飲まず・食わずにこの天候は堪える。
先日、誤ってコンビニのお高いアイスを買ってしまったため、贅沢禁止!と冷菓の追加購入を控えていたのだけれど、健診が終わったら買いに行くぞ!と後の楽しみを決めて病院へ向かった。
自作の豆乳ヨーグルトアイスは、ソルベとジェラートの中間のような食感なので、ミルク感が物足りなかったし~。
フランスインターン期間中にホームステイさせていただいたRDP家は、敬虔なクリスチャン一家で、普段の食事もシンプルだったように思う。
朝は一番早くキッチンに向かった人が準備していて、コーヒーメーカーにたっぷりコーヒーを用意したあと、バゲットをキッチンテーブルの机から出し、冷蔵庫からダノンのような4パックのヨーグルトを2セットくらい並べておくのが常だった。ときどき子どもたちがシリアルやBN(Biscuiterie Nantaise)社のショコ(チョコレートを2枚のビスケットで挟んでいるお菓子)を食べたりすることもあった。
平日の昼は学校だったので分からないけれど、休日ランチはサラダ・お肉料理・デザート。このお肉料理とデザートに関しては、家族だけだとステーク・アッシェ(形はハンバーグですが細切れ肉のステーキ)に果物とかヨーグルト、ムッシューやマダムがご友人を招いたときは鳥獣肉にソルベとかティラミスなどが振舞われたと記憶している。
夜はスープとか野菜料理とかパスタ料理(ピザも含む)が一般的で、メインの料理に合わせてサラダやチーズが添えられた。スパゲッティサイズのパスタとラードン(細切りベーコン)を黒コショウで炒めた料理では、お代わりのとき子どもたちがラードンだけをお皿に盛っていたので、成長期だから物足りないのでは?などと私は余計なことを考えていた。
そして、金曜日には魚料理。サーモンとほうれん草のキッシュとか、白身魚とハーブのオーブン焼きとかがお目見えしていた。南仏はブイヤベースが有名だけれど、家では滅多に作られないと言っても過言ではないほど、手間の掛かる料理。私は南仏で3家庭にステイし、どの家のマダムも料理上手だったけれど、滞在期間中にブイヤベースが食卓に上ったことはなかった。チューターのマリーも、
「あれはお店で食べる料理」
と言っていた。日本でいうところの何だろう?おせち料理みたいな感じ?うちの母は私たち子どもが家を出る頃くらいまで毎年おせちを作っていたから、ちょっと違うかも知れないけれど、手間暇掛けて別々に作ったものを一つのお重に詰めるところが、少し似ているような気がする。
ちなみにフランスでは、料理に極力時間を掛けないというご家庭が一定数存在する。ご夫婦だけなら外食したり、お子さんがいたらお惣菜を買ってきたり。RDP家でも、冷凍のピザやパイシート、市販のステーク・アッシェなどを取り入れていた。それは手抜きということではなく、料理に費やす時間を家族との会話に充てるなど、重きを置くところが異なるということだ。美味しい手料理を食べてもらいたいため・コミュニケーションを大事にしたいため、どちらも家族を大切にしていることに因る。
ここまでの話で、健康診断とホームステイ先の食事に何の関係があるんだ、と言われてしまいそうなので、本題へ。
今年の健診で、私の体重は昨年からマイナス5kgとなっていた。昨年の健診でもマイナス5kgだったので、一昨年から10kgも体重を落としたことになる。私は小学校の高学年くらいから身長・体重がさほど大きく変化してこなかったけれど、それ以前の体重に戻っていることに衝撃を受けた。さすがにこれは不安……。
昨年は特に何も言ってこなかった看護婦さんも、
「去年に続いてまた体重が落ちてますねぇ……。何か激しい運動とかされてますか?」
と聞いてきた。
何もしてないから自分でも驚いています、はい。
内心はそう思ったけれど、
「去年5kg落ちていたときはびっくりしましたけど、今年はつい最近引越しして、かなり疲れましたので……」
と答えた。
「ああ、食欲落ちちゃったんですね~。この暑さですし、夏バテしないように、しっかり栄養摂ってくださいね!」
いえ、食欲はあるんです、このあと、アイス大量に買い込むつもりですし!
とまた内心思ったけれど、アイスは栄養補給にならんだろう、バカなことを口走っちゃいかん!と、笑ってごまかしたのだった。
そう、インターン期間中は、つい口走ってしまったことが予想外の出来事を引き起こしたのだから。
「シホ、最近少し痩せたんじゃない?」
夕食の際、RDP家のマダムが心配そうに私を見つめながらそう問いかけてきたことがあった。
「確かに、シホ、ちょっと痩せたみたい」
「遠慮しないで、ほら、もっと食べて食べて」
高校生の3女や中学生の4女もマダムと同じ意見だったようで、料理を勧めてくれたりした。
「そうですか?自分じゃ分からないけれど……。私、日本で働いていたとき、仕事が終わると疲れちゃって、ついつい甘いものを大量に買い込んで、夜食べちゃってたんですよね。それでブクブク太ってしまったので、痩せるくらいが丁度いいです」
私的には痩せてラッキー、喜ばしいこととして話したつもりだった。
その数日後のことである。
「シホ、夕食だから下に行こう」
4女がわざわざ部屋まで来て、私に声を掛けた。いつもなら階下から
「a table!(ア・ターブル:ご飯ですよ!)」
と呼ばれるか、その声に気付かなかったら鐘を鳴らされるのに、今日はどうしたんだろう?と思ったけれど、それ以上は特に気にしなかった。
キッチンへ入ると家族が全員揃っていて、真ん中の席に座るよう、優しく私に勧めてくれた。
「シホ、今日はちょっと変わった趣向のディナーにしようと思うの」
マダムはそう言って、テーブル上に並ぶものと私の表情を見比べた。
テーブル上に並んでいたもの。
それは、大量のお菓子だった。
「今夜はみんなで甘いものを食べましょう」
んんっ?どういうことですか??
キョトンとしている私に、3女が
「シホ、慣れないフランスでのインターンで、疲れているでしょ?日本のように甘いものを食べられていないんじゃないかと思って、今日はみんなでお菓子パーティーすることにしたの」
と話してくれた。
深切痛み入ります……!
私がちらっと話したことを覚えていてくれて、生活環境の違いを気遣ってくれて、私を元気付けようとしてくれている。
とはいえ、夜はスープや野菜やパスタが定番であるところ、お菓子パーティーとは、みんなのお腹具合は大丈夫なのだろうか?
感極まりつつも恐縮が勝って、つい
「皆さんは、甘いものだけで大丈夫なんですか?」
とお礼も忘れてズレたことを言ってしまった。
「もちろんだよ!たまにはこういう趣向も悪くはないだろう?子どもたちもハロウィンみたいにはしゃいでいるよ」
子どもたちの様子からは、この趣向を喜んでいますという体が伝わってきたので、調子を合わせてくれているのだろう。申し訳ないな、という私の気持ちを軽くする言葉を掛けてくれたムッシューには感謝しかない。
フランスでいくつもの食卓を囲んできたけれど、心遣いで胸いっぱいになる食事はそうそうなかった。
あの夜、私は言葉通り胸いっぱいになってしまい、テーブル一面に並ぶお菓子があまり喉を通らなかった。そのため、せっかくの心遣いを無下にしてしまったのではないか、と今思い返しても不甲斐なく感じている。
それから……。
ほんのちょこっと、心の片隅で、あれぇ~?と首をかしげて苦笑する自分がいる。
痩せたくらいが丁度いい、というポジティブな意味で言ったのだけれど、RDP家の皆さんを心配させてしまうような発言だったのだろうか?
体重が落ちた自分と大量に買い込んだアイスから、あのときの出来事を思い出し、ふと気になった次第である。