ある日、日本へようこそ!~玉塵・夢見草~
雪、のち、晴天。
19日水曜日の朝、轟く雷鳴に雨を予想してカーテンを開けたら雪だった。
都内も雪に変わるかも知れません、でも午後は太陽が出ます、と告げる天気予報に、こちらはもう積もり始めていますが、このあと晴れるんですか?と疑念を抱きつつ、私は軽装で出社した。
午前中は横殴りに吹雪いていたので、社内の人たちも天気が回復するとは思えなかったようだ。私たちは、
「普段なら再三にわたり積雪注意!とか言っている天気予報が、今日は大したことありませんって感じで報じていたのはおかしいよね」
と、否定的に捉えていた。
ゴメンナサイ。晴れました!
しかも、その後の気温上昇で、今年の桜の見ごろは今後1週間の間となるらしい。すでに春分の日も今週末も、街中はお花見と思われる人出で賑わっていた。
外国人観光客に人気のある日本の風景として、雪や桜のある景色が挙げられることが多い。銀世界の北海道や桜花爛漫な吉野山はもちろん、19日のような天候の東京においても、雪と桜を一度に見られた!とってもステキ!と喜ぶ彼らの様子がニュースに映っていた。
東京のお花見で人出が多い場所と言えば、上野恩賜公園や千鳥ヶ淵、新宿御苑や目黒川沿いになるのではないだろうか?私も一時期、写真に収めたくてそれぞれに出向いたことがあるが、カメラを構えるどころではなく、ただただ人の流れに揉まれて帰って来た。年を重ねてからは、桜を愛でたいし撮影もしたいけれど、身を投じるほどでもないかな、と思うようになった。
まだそういう心境ではなかった若かりし頃、私は代々木公園でフランス人たちとお花見をしたことがある。
パリの語学学校で知り合ったミホさんは、私より先に留学を開始し、長く滞在していた。彼女は誰とでも臆することなく話ができる人で、交友関係も幅広かった。私は帰国の際、今度は日本で会おうと約束し、彼女とメールでやり取りを続けた。約束通り、私たちは日本で再会を果たし、1回目は同じくパリの語学学校で知り合ったオペラ歌手志望のユカリさんと3人でディナーを、そして2回目が、代々木公園でのお花見というわけである。
フランス人と一緒に桜を見に行くけど、どう?とミホさんから誘われたとき、私は一も二もなく返事をした。
「みんな何かしら1品以上持ち寄ることになっているから。作っても買ってきてもいいみたい」
園内をブラブラ散歩しながら見物するのかと思っていた私は、この言葉を聞いて、座するお花見なのだと理解した。人数は?と尋ねたところ、何人集まるかわからないから適当に、と返された私は、これはどんどん膨れ上がるかも知れないな、と予想した。ミホさんが私を誘ったように、他の参加者も同伴者を連れて来るだろう。
私は取り敢えず30人分、60個の着物風ちらし握りを作ることにした。というと大仰な感じだが、作り方は簡単。まず、ご飯にお酢(私はシソ酢を使用)8:蜂蜜2:塩1の割合の酢液を混ぜて酢飯にする(酢液の量は、ご飯に合わせて調整)。そこに刻んだ桜の葉と桜漬けを加え、五目ちらしの素と一緒に混ぜ、俵型に握る。握った俵の表面に、細長く切った桜の葉を、着物の襟合わせや帯に見立てて貼りつけ、帯の中央に桜の花の形のお麩を添えて完成。これ以外に、フランス人だったらアルコールはいくらあっても足りないってことはないでしょう、と、桜の花が入ったワインも2本持って行くことにした。
当日、代々木公園に集結していたのは100人越えの大所帯。30人なんて、私の予想は甘すぎた……!主催者である日仏カップルも、
「こんなに大人数になるとは思っていなかった」
と肩をすくめていた。
「増えすぎたから、場所を3箇所に分けたんだ。好きなところで楽しんで」
主催のフランス人男性に促され、私たちは空きスペースを探しに行った。こういうとき、私は端っこのほうにちょこっとお邪魔する程度でいいやと考えるタチだが、ミホさんは違う。
「あそこは知り合い同士で来ていて、もう出来上がっているっぽいからやめよう」
とか、
「日仏交流なのに日本人だけで固まってるからダメ」
と、妥協せずに場所を探していた。
最初に座ったところは、2人のフランス人男性の隣だった。私たちはお互いの料理を広げ、この2人との会話の糸口を見つけようとした。
「シホちゃん、簡単なものにするって言ってなかった?頑張ってるじゃん、ウソツキ~!」
「いや、これ、混ぜただけの簡単なヤツだし。ミホさんこそ、手の込んだ料理じゃないですか」
ミホさんは冗談も歯に衣着せぬタイプなので、初対面の人はちょっと驚くかも知れない。幸い、2人のフランス人男性は日本語がまったく話せないようで、私たちの会話も理解していなかった。彼らは誘われて何となくついて来たらしく、どこか居心地が悪そうだった。私たちはフランス語であれこれ話し掛けてみたが、彼らは相槌を返す程度で、全然話が弾まなかった。また、私たちの料理にも手を付けようとせず、難しい顔で外国製の瓶ビールをちびちびと口に運んでいた。
「この人たちノリが悪いから、別のとこに行こう」
さすが、ミホさんである。私一人だったら、この気まずい状況が続いても、その場に留まってしまっただろう。私たちは料理を引っ込め、それじゃ引き続き楽しんでね、と彼らに挨拶し、その場を立ち去った。
次に座ったのは主催者カップルの近くで、こちらは日本人とフランス人が和気あいあい、花も団子も楽しむことができた。ミホさんが、さっきの場所のフランス人は会話に入ってこなかったし、退屈そうだった、と主催のフランス人男性に伝えたところ、
「知り合いの知り合いの知り合いとか、旅行で滞在しているフランス人にまで話が広がっちゃったみたいで、僕らも誰が誰から誘われたのか把握できてないんだ。みんな、楽しんでくれてるといいけど」
と顔を曇らせた。
あなたのせいではありません!どう過ごすかは、自分次第ですから!
以前にこのサイト内『ある日、日本へようこそ!~ミシェルの場合~』で書いているけれど、私の友人のミシェル(女性)は、鶴の観測のため数日を北海道で過ごしたのち、私に会いに来てくれたことがある。彼女はフランスで雪を見たことがあったものの、どこもかしこも衾雪の北海道には心底驚いたと言っていた。
「雪原に舞う丹頂鶴は本当に美しかった!」
観測してから日が経っていたのに、ミシェルは今まさに目にしてきたかのように興奮気味で、私にそのときの様子を説明してくれたのだった。
「今度は秋の永平寺に行きたい。奈良の桜も素晴らしいんでしょうね!」
その後、彼女の再訪は叶っていない。是非次回は今頃の時期に来てみてね、とミシェルに思いを馳せた、ある晴れ雪の日。